大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「思い違いかしら……」

 小さく首を傾げた志乃は、箏柱を元に戻すと、そっと立ち上がる。

 五木が言っていた、離れに何があるのかというのは、きっとこの箏のことだろう。


 『もう志乃様は、お知りになっても良いでしょう』


 あれはどういう意味だったのだろうか。

 志乃はもう一度箏を振りかえる。


「これは、旦那様の箏なの?」

 志乃はそうつぶやきながら、首を横に振る。

 先ほど花奏がこの離れから出てくる前、箏の音は一切聞こえなかった。

 それに、もし花奏が日常的に箏を弾くのであれば、箏爪が入った小箱や譜面は近くに置いてあるはず。

 でもそれらは、部屋の隅に置かれた机の上に、丁寧に並べられていた。


「またわからないことが増えてしまった……」

 息をつきながら入り口の障子を閉じた志乃は、下駄を履こうとして、ふと足元に一輪の秋桜(コスモス)が落ちていることに気がつく。

 そういえばもう庭には、秋桜がちらほらと咲き出していたような……。

「さっきは気がつかなかったのね」

 志乃はそっと秋桜を拾い上げると、重い引き戸をガラガラと音を立てて閉じたのだ。
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