大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 ――私は、なんて卑しい娘なの……。


 入り混じる感情は、出口を失ったように志乃の心の中でぐるぐると回り続けている。

 するとうつむいたまま深く息をつく志乃に、田所が顔を覗き込ませた。


「志乃ちゃん、少しいいかな?」

 外を指さす田所に、志乃は小さく首を傾げる。

 そして促されるまま「先生を見送ってくる」と母に伝え、家を出た。


 田所は自転車の荷台に大きな診療鞄を括りつけると、ギコギコと音を鳴らしながら自転車を引いていく。

 志乃はうつむきながら、その後をついていった。


 しばらくして港が見える広場につき、田所は自転車を、腰ほどの高さの石の塀に寄りかからせるように止める。

 志乃もその隣に立つと、塀に手をかけながら港を眺めた。

 頬を撫でる潮風は、もう秋の装いに変わっている。

 風を感じるように目を閉じた志乃の瞼に、再び花奏の顔が映った。

 あれから花奏は屋敷に帰ってくることもあれば、長く留守にすることもあった。
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