大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 田所と別れた志乃は、一人帰り道をとぼとぼと歩く。

 頭の中ではついさっき聞いた、田所の言葉が何度も繰り返されていた。

 別れ際に田所は、花奏が身内の死をひどく後悔しているのだ、と言った。

 その死以来、花奏は人が変わったように、笑わなくなったとも……。


「どういうことなの……?」

 志乃は立ち止まると、夕焼けで真っ赤に染まる空を見上げる。

 花奏が抱える過去には、志乃がはかり知れないほど、深く重いものが広がっている気がした。

 
「私が、旦那様を、過去から救い出す……?」

 そんな大それたことが、志乃に出来るのだろうか?

 志乃はもうすぐあの屋敷を、追い出されるかも知れない身なのに……。


 ため息をついた志乃は、そういえば、五木も花奏の過去のことを話していたことを思い出す。

 花奏は、過去を忘れることを恐れているのだろうと……。

 初めて会った時から心に引っかかっていた、花奏の悲しみと苦しみを映した瞳の色。

 あの色は、身内を救えなかった自分に対する、やり場のない憤りや、後悔の現れだったのかも知れない。

 深く息をつき歩き出した志乃は、家へと続く通りを曲がった所で、はたと足を止める。
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