大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「もしかして……。あの箏は、その亡くなった方のものでは……?」

 あれだけ上等な箏だ。

 さぞかし熱心に箏を弾いていた人物なのだろう。

 でもそう考えれば、志乃だったら花奏を救えるのではないかと、田所が言ったことにも納得ができる。

 志乃が箏に()けていることは、知り合いであれば誰もが承知していることだったからだ。


 志乃ははっと顔を上げると、思い立ったように駆けだした。

 それだったら、やはり自分はこのまま実家に戻るべきではない。


 ――たとえ旦那様に嫌われようとも、何もせずに去るべきではないんだわ。


 それほどの恩を、志乃は花奏から受けたのだし、何よりも自分が花奏の支えになりたいと心から願うのだ。


 志乃は息を切らして家に帰ると、母に今から屋敷に戻りたいと伝えた。

 もう夕暮れだからと、母も始めは戸惑った様子だったが、志乃の真剣な表情に、静かにうなずく。

「母のことはもう心配ありません。志乃はすでに嫁いだ身。嫁ぎ先を一番に考えなさい」

 母の言葉に大きく返事をすると、志乃は花奏のいる屋敷に向かって家を飛び出したのだ。
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