大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 もしや五木は泣いているのだろうか?

 動揺した花奏が、再び五木を見上げた時、五木がゆっくりと口を開いた。


「坊ちゃん。もう過去に(とら)われるのはおやめなさい。香織(かおり)様とて、坊ちゃんの幸せを願っておいでのはずですぞ」

 穏やかだが重い五木の声は、静まり返った部屋に響き渡る。

 花奏は五木から発せられたその名を聞いた途端、頭を殴られたかのような衝撃を受け、一瞬動けなくなった。


「五木お前、今何と……」

 花奏は震える拳をぐっと握り締めると、静かに立ちあがる。

「香織お嬢様が今の坊ちゃんを見て、喜ぶとお思いかと、言っているのでございます」

「五木!」

 五木の言葉が言い終わらない内に、花奏は大きな声を出した。

「それ以上は、いくら五木といえど許さんぞ……」

 張り詰めた空気が、二人の間を流れる。


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 花奏ははっと我に返ると、再び椅子に腰を下ろした。

「大きな声を出してすまぬ」

 花奏はそれだけを言うと、五木から目を逸らし、仕事の書類を机に広げる。
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