大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
 ――いや、違う……。


 あの日、箏の譜面を持つ志乃を助けた時から、すでに自分の中で、何かが動き出していたのかも知れない。

 そして今ではその感情は、時に花奏自身にも制御できない程まで膨れ上がっている。


 ――あの軍楽隊の演奏会の日もそうだった。


 志乃には、着物を贈ったことも、演奏会に行ったことも、気まぐれなどと嘘をついたが、本心はそうではなかった。

 あの日、花奏は志乃の様子を遠くから眺めるつもりだった。

 きっと志乃であれば、自分の贈った着物を着て、目を輝かせながら演奏に身を乗り出すであろう。

 それを一目、遠くから見られればよいのだと……。


 でも、突然慌てたように駆けだした志乃を見て、気がつけば花奏の身体は勝手に動いていた。

 そして志乃が、谷崎に助けられる姿を見た瞬間、もういても立ってもいられなくなってしまったのだ。


「俺は、どうしたというのだ……」

 花奏は静かに立ちあがると、自分の部屋を出て、向かいにある志乃の部屋の障子をそっと開く。
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