大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「あれは、きっとあの日の秋桜だ……」

 志乃に『もう手紙を書く必要はない』と突き放した後、花奏はそのやるせない気持ちを落ち着かせるために、庭の秋桜を摘み、離れに持って行った。

 その時、開け放たれた戸から、花奏はあの箏の前に座る志乃の姿を見たのだ。

 それはあまりに可憐で美しく、気がつけば花奏の視線は、志乃の姿から逸らせなくなっていた。


 そしてその瞬間、花奏の脳裏では、離れでいつも見ていた笑顔が、志乃の笑顔に変わっていることに気がついたのだ。


 ――自分の中で、過去の記憶が薄らいでいく。


 そのことに恐れを感じた花奏は、慌てて離れを後にした。

 指先から落ちる秋桜を拾う(いとま)もなく……。


 その日の記憶を辿っていた花奏は、書斎机の椅子に腰かけると拳をぐっと握り締める。

 そして自分に言い聞かせるよう、押し殺した声を出した。

「俺は人並みの幸せなど、求めてはいけないのだ。それが、香織をたった一人で逝かせてしまった俺の、償いなのだ」と。
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