大正ゆりいろ浪漫~拝啓 死神の旦那様~
「今までのお礼でございます。お母上の病状が心配なくなった今、志乃様は自由でございます。いつまでも、ここにいる必要はございません」

「そんな……」

 志乃はひどく傷ついた顔を上げると、五木の顔を見つめた。

 五木は慌てて志乃から目線を逸らすと、目尻を手ぬぐいでゴシゴシと拭った後、鼻をかんでいる。

「これはいわば、手切れ金ということですか……?」

 志乃の震える声に、五木は何も答えない。


「それにしても、こんな形でここを去るのは、志乃様が初めてですなぁ」

 しばらくして五木は、わざとらしく明るい声を出すと、再び鉄瓶を持ち上げ、急須にお湯を注いだ。

 志乃は封筒を両手でぎゅっと握り締めると、五木の横顔を見つめる。


「それは、今までの方は皆、この家で亡くなったからですか?」

「まぁ、そうですなぁ……」

「旦那様が、死神だからですか?」

 志乃の声に、五木は何も答えずフォッフォッという笑い声だけを響かせた。


 五木はそのまま急須を持つと、腰をさすりながら炊事場に歩いて行く。

 水道からポチャンと洗い桶に、水が一滴垂れて跳ねる音がした。
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