一緒に夢を追いかけて

生意気な奴

生意気な奴

ある日の午後、龍太郎が会社でデスクに座り、資料を整理していると、新しい社員が入ってきた。入社して数日しか経っていないが、彼はすでに社内で話題になっていた。若く、やり手で、どこか生意気な雰囲気を漂わせている男――佐藤亮太だ。亮太は身長も高く、スーツもシャープに決めていて、龍太郎の前に立ち止まると、ニヤリと笑って言った。
「龍太郎さん、この資料、まだ終わってないんですか?時間がかかりすぎじゃないですか?」
その言葉に龍太郎は一瞬、目を見張った。新人の亮太にしては、ずいぶんと大胆な発言だ。だが、彼は感情を抑え、冷静に返答した。
「今、仕上げているところだ。確かに時間がかかっているが、丁寧に進めないとミスが出る。焦る必要はないよ。」
亮太は肩をすくめ、さらに言葉を続ける。
「まあ、龍太郎さんのやり方でいいと思いますよ。でも、結果が出なければ意味がないんじゃないですか?ビジネスはスピードも大事ですし、社長になる人がそんなペースで大丈夫なんですか?」
その生意気な態度に、龍太郎は胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。しかし、彼は冷静さを保ち、少し微笑んで言った。
「確かに、スピードは大事だ。だが、経験や信頼も同じくらい重要だよ。新人のうちは、それを理解するのに少し時間がかかるかもしれないが、そのうちわかるだろう。」
亮太は一瞬、龍太郎をじっと見つめたが、すぐに軽く笑い、部屋を後にした。
「まあ、見せてもらいますよ、社長候補の実力を。」と、背中越しに投げかけるように言って。龍太郎は亮太の背中を見つめながら、心の中で決意を新たにした。「この生意気な奴に負けてたまるか」と。その後、亮太は何かと龍太郎に絡んでくるようになった。会議でも、彼はいつも鋭い指摘をし、時には龍太郎の意見を否定することさえあった。亮太の存在は確かに刺激的であり、会社の中で彼の存在感は日に日に増していった。
しかし、龍太郎もまた黙ってはいなかった。彼は自らの経験と知識を駆使して、次第に亮太を凌駕するようになっていった。亮太も、次第にそのことを認めざるを得なくなり、やがて二人の間には奇妙な尊敬の念が芽生え始める。そしてある日、亮太は龍太郎に向かって、真剣な表情で言った。
「龍太郎さん、あんた、本当に社長になれるかもしれないな。」
龍太郎はその言葉に微笑みながら、短く答えた。
「ありがとう。でも、俺はまだまだだ。お前のような生意気な奴にもっと鍛えてもらわないとな。」
亮太は笑い、二人の間にはいつしかライバルとしての絆が築かれていった。

美久は山梨にきてから、龍太郎が誘いにかかるのかと期待していたが。その気はなさそうである。週末も会社が用意してくれたアパートで1人過ごしていた。美久は、山梨に来てから新しい環境に少しずつ慣れ始めていたが、心の中には一抹の寂しさがあった。龍太郎が自分を山梨に誘ってくれた時、彼女は密かに、ふたりの関係が進展するのではないかと期待していた。しかし、彼の態度は予想以上に冷静で、仕事以外ではあまり話す機会もなかった。週末、美久はアパートの窓から外を眺めていた。小さな公園や住宅街が見えるが、静かな風景が心の空虚さを強調するだけだった。彼女は、会社が用意してくれた一人暮らしのアパートで時間を持て余していた。
「なんで私、ここに来たんだろう…」と美久はつぶやいた。龍太郎からの誘いを期待していたが、週末に彼からの連絡はなく、彼女は一人で過ごす日々が続いていた。彼は仕事に集中しているのか、それとも自分に興味がないのか、美久には分からなかった。ふたりの関係は、あの時のLINEでのやり取りから進展していないように感じられる。美久はふと思い立ち、スマホを手に取った。LINEの画面を開くと、龍太郎とのメッセージが表示される。あの日の「社長になる」という約束の言葉が、今ではどこか遠いものに感じられた。彼女は躊躇しながらも、メッセージを打ち始めた。
「龍太郎さん、最近どうですか?週末、少し時間がありますか?」
しかし、送信ボタンを押す直前で、指を止めた。彼からの反応を期待するのが怖かった。もしまた、仕事の話だけで終わってしまったらどうしよう。彼女は一度ため息をつき、メッセージを削除してしまった。結局、その週末も美久は一人で過ごすことになった。会社での忙しさにかまけて、ふたりの距離が少しずつ広がっていくように感じる。美久の心は、期待と不安が交錯し、答えの見えないまま時間だけが過ぎていくのだった。
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