その恋は消費期限付き
夜、部活を終えて家に着いたタイミングでスマホに通知が届く。
画面に表示されているのは美奈の名前。
アプリを開くと、おつかれさまというスタンプと共にメッセージが添えられていた。
『昨日はご飯ありがとう! もしよかったらなんだけど、お礼がしたいから今日ご飯食べに来ない?』
ご飯のお誘いだ。
文字を打つ時間すら惜しくて、隣の家へ向かう。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい。早いね」
「ちょうど帰ってきたところだったから」
食卓にお皿を2人分並べる。
向かい合って座り、手を合わせる。
「「いただきます」」
美奈が用意してくれたのは和食だ。
白米。わかめの味噌汁。肉じゃが。ほうれん草のおひたし。
「昨日の隼人くんのご飯が和食だったから好きなのかなって思って。どう?」
お皿を持ち、味噌汁を一口飲む。
優しい出汁の香りと味噌の風味が口の中でハーモニーを奏でる。
肉じゃがは程よくじゃがいもが溶けていて、歯がいらないくらいに柔らかい。
白米を頬張る。
一粒一粒が立っていて、口に残る肉じゃがの風味を白米の甘さが包んで消えていく。
おひたしを一口食べる。
「この味は……」
「おひたしね、隠し味で梅のふりかけが入ってるの。さっぱりするから夏バテ予防になると思う。あ、もしかして、梅苦手だった?」
「母さんの味。俺の母さんもおひたしに梅を入れていた」
「そうなんだ。じゃあ梅入りのおひたしは隼人くんの懐かしい味なんだね。……て、え? どうしたの? 泣いてる…」
言われて初めて自分の頬が濡れていることに気づく。
頬を伝い落ちる滴が机に小さな水たまりを作っていく。
それと同時に、母さんとの会話が頭をよぎる。
『隼人。私立の名門高校に行きなさい。』
中1のときからずっとそう言われてきた。
そのために塾に行かされ、夜遅くまで毎日勉強していた。
中2のとき、塾の模試でC判定をとった。
結果を見た母さんは怒った。
このままじゃ受からないと。
もっと、今以上に勉強しなさいと。
今でも覚えている。
『受かってくれなかったら、お母さん恥ずかしくてもう近所の人に顔向けできないわ。』
その一言が俺の精神を壊した。
俺に名門高校へ行けと言っていたのは世間体のためなのか。
うちの息子はすごいんです、って自分の手柄の如く自慢するためか。
そんなことのために俺は頑張ってきたのか。
くだらない。
全部。
なにもかも。