父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
されども——
「そいでも……おいらは——否、某は武家の子にてござる」
丑丸は苦渋の面持ちではあったが、きっぱりと云い放った。
しかしながら、故郷の藩を抜け出て江戸にやってきた時点で、丑丸の父親はすでに武家ではない。
にもかかわらず、武家の男が外で大手を振って商いなぞできぬと云って、日当たり悪しくじめじめと湿気った裏店の片隅で板間の上に座して傘の張り替えや虫籠作り、時折は変体仮名の読み書きはできても固い字(漢字)がわからぬ町家の者から頼まれて公事師(代書屋)の真似事などもしていた。
それでも——否、であるからこそ、さような父から生じたたった一人きりの男子として、養い子になる代わりに町家の者になることなぞ、受け入れるわけにはいかなかった。