父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
🎏 後生一生のお願い

(おとな)いの声を聞いて、およねが三和土(たたき)藁草履(わらぞうり)を突っかけてぱたぱたと出て行く。

戸口では歳若いおなごが立っていた。

されど、丸(まげ)に結い上げた髪に、眉を剃り落としてお歯黒をつけている。人妻だ。

加えて、小袖の着物の上に打掛を羽織っていた。

武家の女子(おなご)である。


「……ご、御新造(ごしんぞ)さん、うちに御用かえ」

およねはおずおずと尋ねた。

「御新造」とは御公儀(江戸幕府)の中でも公方(くぼう)様(将軍)に御目見得(おめみえ)(謁見)できない御家人の妻女、あるいは歳若い武家の妻女を指す。

ちなみに御目見得できる旗本の妻女は「奥様」である。

旗本か御家人かは風体からでは判ぜぬゆえ、およねは歳若い女子ならばと思って「御新造さん」と話しかけた。

ふと引き戸の外を見ると、御新造の背には下女らしきおなごが付き従い、さらに後ろには中間(ちゅうげん)(武家で仕える下男)らしき男が控えていた。

武家の御新造ともあろう者が、町家の往来を一人っきりで出歩くことはない。必ず供を付ける。

「と、とにかく中へ(へぇ)ってくだせぇ」

通りから丸見えの門口で話をするには往来の人目につきすぎるゆえ、およねは一行を家の中へと招じ入れた。

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