父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
御新造は伏し目がちに話し始めた。
「わたくしは安芸国広島新田藩に仕える藩士の妻にてござりまするが……」
八代の公方様(徳川吉宗)の今までにないお改め(享保の改革)の一つに、諸藩の雑木林を切り開いて新たな田畑にする「新田開発」があった。
税収である年貢米を増やすための方策である。
さすれば、さまざま藩で新田が広がることになり、御公儀は其処を治めるために本藩から独立した「支藩」を設けることを認めた。
安芸国広島新田藩は其の一つとして立藩された新しい藩だ。
江戸では青山緑町に藩主が住まう屋敷がある。
「御家人の娘として江戸府内で生を受けたゆえ、淡路屋さんとは昔なじみにてござりまする。今朝たまたま主人と出会して、此方の話を聞き及びますれば居ても立ってもいられなくなり、かように参った次第にてござりまする。
また、此度のことはどうしても家人に知られとうないゆえ、淡路屋さんにも他言せぬようお頼みしてござりまする」
「ほう……御家の者たちにゃ知られとうないとな」
茂三はうーんと唸った。
なんだか厄介事の気配がする。
「嫁して三年経ちまするが、未だ子を生すことができず、このままでは嫁ぎ先に顔向けできませぬ。ゆえに——離縁も止むなしと考えておりまする」