父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
されど、御新造はさような茂三の言を気にも止めなかった。
「今のわたくしは夫の伝手で、広島新田藩の御前様(藩主)が安芸国より連れてござった奥方様の侍女をしておりまする。
奥方様は故郷に居られた折には、武家でありながらも町家で子どもたちを集めて手習い所を開いておられたそうでござりまする。今も青山緑町の御屋敷で武家の子女を募り、手習い並びに行儀作法を指南されてござりまするゆえ、わたくしもお手伝いしておりまする。
つきましては離縁して町家へ移った暁には、わたくしもかつての奥方様のように手習い所を開き、町家の子たちを教えて暮らしを立てとう存じまする」
そして、ふっと嗤った。
「直参の娘として生まれても——しがない無役の小普請ゆえ貧乏侍でござんす。表店に住む町家の娘の方がずっと、美味しい物を食べ綺麗な着物を着て育ってござるわ」
旗本や御家人である「直参」(幕臣)は、ほぼ孫子の代に引き継いでやれるとは云うものの、小普請では家禄が三千石に届かぬ上に、無役であらば御公儀より任ぜられる御役目がないゆえ其れに伴う禄もありはせぬ。
おまけに御公儀からの俸禄は米で賜るため、蔵前に店を構える札差で銭に替えねばならぬが、商売上手の口八丁手八丁ゆえ思いっきり買い叩かれた。
「……なるほどな。さようなことでござったか」
座敷の出入り口から声がしたかと思えば、すーっと襖が開いた。