父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
🎏 御前様の懐刀

本多(まげ)(かしら)(しま)の着物に平袴の男が、座敷の内に入ってきた。

「——だ、旦那様……なにゆえ、此処(ここ)に……」

御新造の夫で、安芸国広島新田(しんでん)藩の藩士だった。

名を青井(あおい) 清二郎(せいじろう)と云う。

袴姿の青井は武家の(なり)ではあったが、町家の往来で目立たぬよう羽織を脱いだ略装である。


「お嬢——いんや、御新造様、申し訳ねえ。旦那様に告げ口したのは、あたいでやんす」

座敷の外の板間に下女がひれ伏した。

下女の注進によって妻の「企て」を知った青井は、近くの水茶屋で()(とき)を待っていたのだ。

「——おうめ、まさか……おまえがわたくしを裏切るなぞ……」

御新造がわなわなと無念の唇を噛む。


「御新造様、水茶屋で待っていなすった旦那様を呼びに行ったのはあっしでさ」

後ろで中間(ちゅうげん)の男が同じくひれ伏す。

御新造から座敷の外に出されたのを渡りに船とばかりに仕舞屋(しもたや)を飛び出し、青井を呼びに走った。

「なんと、太七(たしち)まで……」

御新造は絶句した。

「おまえたちに……そないなことをさせるために実家(さと)より連れて参ったのではござらんわ」


「——八千代(やちよ)、もうよい」

青井は妻の名を呼んで制した。

「おまえが……其処(そこ)まで子について思い悩んでおるとは思わなんだ」

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