父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

実は「新田藩」は知行(ちぎょう)(治める土地)を持たず、本藩の広島藩から蔵米(くらまい)三万石を与えられる形をとるため、一年ごとに江戸と領地を往復する御役目(参勤交代)は免れるが、その代わり藩主とその家族は江戸に定府せねばならなかった。

つまり、家臣ともどもいったん江戸へ移ればもう芸州広島の地には戻ってこられない。

さようなこともあり、青井は妻を故郷(くに)から連れていくことはしなかった。

敢えて江戸府内で生まれ育った八千代を妻として迎えた。

自らはいっさい迷うことなく生まれ育った安芸国を出て江戸へやってきた青井は、そうして浅野 宮内少輔にひたすら付き従っていくうちに、いつしか「御前様(藩主)の懐刀(ふところがたな)」と呼ばれるようになっていた。


「ちょ、ちょいと、丑丸っ、こんなとこで何してんだえっ。まだ布団の中で寝てなきゃだめじゃねぇかっ」

座敷の外からおよね(・・・)の金切り声が飛んできた。
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