父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
小僧の頃から廻船問屋「淡路屋」に奉公し、主人に引き立てられて手代から番頭へと上がっていった茂三が女房のおよねと世帯を持ったのは、四十の声を聞いた頃であった。
二人に子はいない。
同じお店で女中をしていたおよねは、茂三よりも若いとは云えすでに三十を過ぎて四十に近い年増で、二十の娘時分に一度嫁入ったが一人息子を病で亡くして亭主と別れていた。
年ごとの大名行列(参勤交代)だけでなく、喰いっぱぐれた挙句に職を求めて諸国から男たちが入ってくるゆえ、おなごの数より男がずっと多い江戸では男が初婚でおなごが再婚なのは、よくある話だ。
その後淡路屋で先代から当代へ主人の代替わりがあると、茂三は其れをを機におよね共々暇をもらうことにした。
すると、先代が茂三の長年の働きを労って、此の仕舞屋を住まいとして貸してくれた上に、地主として持っていた裏店を家守として差配するよう任じてくれた。
「……いや、おいらは裏店に帰るんで」
丑丸は小さな声ではあったが、きっぱりと告げた。