君との約束
  玄関のドアが開き、リビングに悠が入って来た。
 リビングに立つ、パジャマ姿の唯と驚き顔の千春。
 悠が、唯の顔を見ると千春に視線を移した。
 それを見た唯は、

 「あ……あの、この子、親友の千春です。
 私を心配して見に来てくれて、ごはんとか作ってくれたんです」
 と千春を紹介した。

 「は、はじめまして……木田千春です」
 と『箱推し』の突然の登場に緊張する千春。

 「あ、はじめまして『悠』です」
 と返事を返す悠。
 
 悠が唯の顔を見ると心配そうに、
 「キヌコさんが倒れたって聞いて、大丈夫なの? 起きてていいの?」
 と言った。

 「はい。大丈夫ですよ」
 唯がそう言うと、悠がいきなり唯を抱きしめた。

 「ひゃっ……」口に手をあて驚く千春。

 唯を抱きしめた悠が
 「よかった……俺、心配で心配で……
喧嘩したまんまだったし、
謝ろうと思って電話やラインもしたけどスルー
だったから倒れたって聞いて、もう何も手につかなくて、
だから、せめて顔だけでも見たくて。
 突然にごめん……そして、この前はごめん。俺が全部
悪かった」

 悠に抱きしめられたままの唯、
 「悠さん、いいの……私のほうこそすみません。
 疲れてて、返信も出来ず連絡もせず、でも来てくれて
ありがとうございます嬉しいです」 と呟いた。
 目の前で映画のようなワンシーンを見せられた千春は、
思わず『うっとり』とした表情で二人を見つめていた。

 悠が唯から離れると、

 「木田さん、キヌコさんのこと色々ありがとう」
 とお礼を言った。

 千春は、顔の前で手のひらをパタパタさせると、
 「そんな、全然、昔からの親友だからこれくらい
いいんです」
 と照れながら言った。

 しかし、彼女の表情が急に変わった。
 不思議そうな顔をする千春、
 そして、ついに彼女の口から、
 
 「それより、悠さんさっきから、唯のこと『キヌコさん』って呼んでらっしゃいますけど、
『キヌコ』って、確か昔、唯がハウスキーパーしてた時のコードネームだったような。……え? 
もしかして、唯の仕事の派遣先って悠さんの部屋だったの?」

 と驚いた表情の千春と彼女の前に並んで立つ唯と悠。
  
 「うん……そう……。
 それでね……千春……実は……」

 テーブルに並んで座る唯と悠、二人の前に座る千春。
 唯は、悠と出会った頃から今までのことをすべて彼女に話した。

 「え……? じゃあ、唯が仕事で行ってた先の契約者が『RAIN』の悠さんで、唯が女優になろうかと相談して
『推してくれた』のが『RAIN』の悠さんで、季里也君とのことはフェイクで本当は、唯と『RAIN』の悠さんが
写真を撮られていた。
 で、事務所の社長から怒られて、唯と悠さんの共演は
一時期NGになって……で、あの伝説の『RAIN』と『YUI』との対談番組の神ツーショットで
一気に共演するようになった。
 ちなみに私生活では、互いに好き同士だけど、あまりに多忙で会えなくておまけに、久しぶりに会ったら、
大喧嘩して……そして唯が倒れた……ってこと?」

 「うん……ざっくりまとめたらそんな感じ……です」
 と唯が言った。

 「ちょっと待って、情報量多すぎて頭の中の処理が追いついてないんですけど……」と困惑する千春。

 「まぁね、仕方ないよね。
 あっ! でも、キヌコさんが俺等『RAIN』のライブに
来てくれたのは木田さんが体調不良で代理で行ったのが
最初だったんだよね? 覚えてる?
 最前列のど真ん中でグッズも持たずにずっと手拍子だったんだ」
 と悠が千春に言った。

 「そうだったんですか。あの時、私が無理やり頼んだんですよ。
 そうか、あの時から二人は、こうなる運命だったのかもしれませね」
 と千春が呟いた。
 
 千春が優しく微笑み二人を見ると、
  「私ね、驚いたけど本当は、私の『永遠の箱推し』『RAINの悠』そして
『永遠の推し』『YUI』を同時に推せる。
 
 こんなこと……私としてはもう、幸せ過ぎて……
だから、ふたりのこと応援してるってことで……。
 あとは、悠さんお願いします」

 と言うと、千春が帰ろうとする。

 「木田さん、ありがとう」お礼を言う悠。
 千春はニコッと笑うと、
 「明後日からの『RAIN』ライブツアー観に行きます! 頑張ってださいね!」
 と言い残すと千春は帰って行った。
< 63 / 91 >

この作品をシェア

pagetop