君との約束
 唯の楽屋の前に来た悠は、
コンコンコンとドアをノックした。

 「YUIちゃん、俺、ドア開けて」
 と声をかける。

 悠の声に気づいた唯、
 「悠さん?」と返事をした。
 「そう。だからキヌコさんここ開けて」
 「い、いやです」
 「何言ってるの? 開けてよ」

 ガチャガチャとドアノブを回す悠。
 「だから、開けろって」
 「いやです。開けません」
 
 抵抗する唯に悠が、

 「キヌコ~開けろよ! 
でなきゃこのドアけ破るからな……」
 と大声を出した。
 悠の声に驚いた唯は、立ち上がるとドアを開けた。

 悠は部屋に飛び込むと素早くドアにカギを掛けた。

 息を切らす悠は唯の前に立つと、

 「キヌコさん、何してんの?
 みんな、待ってるよ。スタジオに戻ろう」と言った。

 悠の顔を見た唯、
 「イヤです。戻りません」と語気を荒げる。
 「何でだよ」と悠が唯の手首を握った。

 「だって、濡れ場のシーンを悠さんの前で季里也君と……その演じるなんて、悠さんに見られるなんて。
 好きな人の前で、他の男性と絡み合うなんて
私……できない……できないです。
 悠さんは嫌じゃないんですか? そんな場面見るの」
 と唯が言った。
 
 唯の言葉を聞いた悠は冷めた目をすると唯に向かって、
 「何言ってんの? あんたそれでも女優かよ」
 と言い放った。

 悠の言い放った一言に言葉を無くす唯、
悠の顔は明らかに怒っていた。
 怒り顔の悠が話を続ける。

 「キヌコさん、俺だっていくら仕事で芝居とわかっていても嫌だよ……。
 好きな女性(人)が俺以外の男と裸で絡むのを直視するなんてのは……。
 だから、俺も一緒。でもね、昨日監督から言われたんだ。
 主役の俺らに足りないものは『心から込みあげてくる
嫉妬心』と『激しく粗々しく燃えるような愛情』
なんだって。
 だから、互いの芝居を観ることで、その『感情』を掴んでほしいと……俺は役者として自分に言い聞かせた。
 今、目の前にいるのは、俺の彼女『キヌコさん』でも『唯』でもなく共演している主演の『女優のYUI』
なんだって。
 だから、俺に『嫉妬』させるくらいの芝居を見せてよ。  
 目を逸らすことができないくらいの芝居を見せつけ
てよ。『女優のYUI』だろ?」

 悠の想いを聞いた唯は、俯くと無言になった。
 そして、「はぁ~」と深呼吸すると、
 「すみません。私、職業『女優』でした。
 ナーバスになってるところに悠さんがいて、思わす
公私混同してしまいました。
 大変ご迷惑……おかけしました。
 悠さんの言葉で目が覚めました。
 私、やります、やってやりますよ。
 皆に『あっ』と言わせるような芝居、悠さんが『嫉妬で狂ってしまう』くらいの芝居を……」
 と唯が言いかけたその時、
 優しい目をした悠が唯の頭を撫でると、
 「無理するな。キヌコさんらしく演じれば大丈夫だから」
 と言った。

 「はい……」と頷く唯。
 「皆、待ってるから戻ろうか」
 と言うと、悠はドアを開けて唯を連れてスタジオに戻って行った。
< 78 / 91 >

この作品をシェア

pagetop