恋はレモンのように
 葉山が家を出てしばらくすると、
夏も帰宅した。
 テーブルに鞄を置くと、キッチンに
置いてある鍋を見つめた。
 「さて……とお隣に持って行こうかな」
 と呟くと両手で鍋を持ち、葉山の家の
呼び出しブザーのボタンを押した。
 
 ガチャ……
 ドアが開くと、ジャージ姿の矢上が
顔を出した。
 「あ……」
 「どうした?」
 「これ、お母さんが食べてって」
 夏が矢上に鍋を差し出した。
 「サンキュ~。おばさんのカレー
メチャうまいよな~」
 矢上が透明な蓋の上から、
鍋の中のカレーを覗き込んだ。

 「あの~、葉山先生は?」
 「俊二? いないよ」
 「えっ、なんで?」
 「急遽、九州出張が入ってさ、
さっき出て行った。帰りは日曜の夜」
 「そう……なんだ」
 「なんだ、寂しいのか?」
 「ち、ちがいます~」
 
 「あ! それはそうと、明日のお泊り会
のことなんだけどさ……」
 「え? なんでそのこと知ってるの?」
 「俊二から頼まれたんだよ。何かあったら
頼むって。だから、何もなく過ごせよ」
 矢上がニカっと笑った。

 「はぁ~、何もないし、起こらないわよ!」
 「ごめん、ごめん。冗談だよ。そんなムキに
なるなよ……だから、高校生のガキは……
おっと~失礼」

 「もう、相変わらず失礼ね。じゃあね」
 と言うと夏は向きを変え自宅に戻り
始めた。

 「おい、夏……」
 矢上が夏を呼び止めた。
 「ちょっと、その呼び方……」
 夏が振り向くと、
 「カレー、一緒に食わないか?」
 矢上が夏を誘った。
 「なんで、私があなたと……」
 「本当は、ひとりでメシ食うの寂しいんだろ?」
 彼のドンピシャな言葉に黙り込む夏。 
 そんな夏を見た矢上は珍しく、
 「カレー温めとくからさ、着替えて来いよ」
 と言うと家の中に入って行った。
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