恋はレモンのように
 自分の部屋に入って来た葉山は、
カーテンを開け窓を開けた。
 窓から入ってくる風に、両手を
高らかと頭上に挙げると、
 「う……ん、やっぱり自宅はいいですね~」
 と呟いた。

 カラカラカラ……。
 彼の部屋の正面にある夏の部屋の
窓が開く音がすると、窓から夏が顔を出した。
 「あ、葉山先生、お帰りなさい」
 「ああ、夏。ただいま」
 「昨日は、大変だっただろ?」
 「え、昨日?」
 「雨風、雷……あと、停電? 
一人で大丈夫だったかな~って」
 「え、う、うん。大丈夫……でした
先生こそ、大変でした。お疲れ様でした」
 「ご心配ありがとう。そっか、一人で大丈夫
だったんだ……で、おじさん達は?」
 「今さっき帰って来た……」
 「そうか……、あ、夏、ちょっと待って」
 葉山が鞄の中をゴソゴソと何かを探して
いた。
 「あった……夏、これお土産……」
 そう言うと葉山が、小さな袋を夏の
部屋の中に投げ込んだ。
 「ナイスコントロール!」
 投げ込まれた袋を拾い上げた夏が
袋を開けると、中からクリスタルのように
ピカピカと光るガラスで出来た黄色の
みかんの形をしたキーホルダーが見えた。
 それを手に取った夏が聞いた。
 「先生……。これ、何?」
 「『日向夏』っていう柑橘系の果物。
『夏』って文字が入ってたから、ついね……
あ、でもこれは、特別にだから……他の人には
内緒ね……」
 と言うと葉山が微笑んだ。

 「ありがとう……ございます」
 と夏がペコっと頭をさげるとお礼を言った。

 「夏~、お父さんがお土産開けるってよ~」
母親の声が聞こえて来た。
 「お母さんが呼んでる。じゃあ、先生また明日
学校で……」
 そう言うと夏は部屋から出て行った。

 窓越しに夏を見送った葉山がフッと微笑んで
向きを変えると、部屋の入口に矢上が立っていた。
 「いたのか……」
 「あ、いや、珈琲冷めると思って呼びに来た」
 「聞いてたか?」
 「何を?」
 「いや、いい。それより見てたのか?」
 「何を?」
 「別に、何でもない……」
 「珈琲できてるぜ……」
 「わかった。すぐ下りていくよ」

 葉山が矢上に言った……。
 
 階段を一人下りる矢上は、
 葉山が夏に渡した『特別なお土産』と
葉山が明らかに夏のことをお隣さんでもなく、
担任としてじゃなく、『特別な存在』として
見ていることに気がついたのであった。
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