恋はレモンのように
 放課後の美術室……。
 「はぁ~……」
  深い溜息をつく夏。
 「上野さん、どうしたの?
筆が進んでないようだけど……」
 川内が夏に声をかけた。
 「川内先輩~。寄せ書きのイラスト、
頼まれました~」
 「もしかして、矢上先生の?」
 「そうなんです~。明日までに……」
 「それは、それは大役を引き受けちゃったね」
 「もう~、今夜は徹夜……かも」
 涙目になる夏……。

 「上野さんなら、大丈夫だよ。
だって上手でしょ? イラスト……」
 
 「そうですよね~、私もそう言ったんですけど」
 ひとみが二人に近づいてきた。

 「あ、ひとみちゃん……変わってよ」
 「だめ~、夏が頼まれて引き受けたんでしょ?」
 「そうだけど……う~ん」
 頭を抱える夏。
 
 「じゃあ、練習として本人を目の前に
描いて見れば? ほら、本人登場だよ」
 ひとみが美術室の入り口を指差した。

 「お疲れ様~」
 美術室に矢上が入って来た。
 「ね? そうしなよ」
 ひとみが夏の耳元で囁くと、
 「矢上先生~、ちょっとこっちに
来て下さい」
 と矢上に手招きをした。

 「え、何?」
 矢上がひとみと夏のもとに歩いて来た。
 「先生、はい、ここに座って……」
 「ここに座る? なんで?」
 「いいから、座ってください。
夏が、矢上先生をモデルにデッサンの
練習をしたいそうなので……」
 
 「ちょっと、ひとみちゃん。適当なこと
言わないで……」
 慌てる夏に、矢上は……
 「そういうことなら……いいよ」
 と言うと用意された椅子に座った。


 矢上の前でデッサンを始めた夏……
 「どんな具合?」
 「普通です……」
 「ちゃんと描けてる?」
 「……」
 「ねぇ~、どんな感じ? イケてる感じ?」
 「多分……」

 「多分って……なんだよ」
 「もう~、話しかけないでください!
 気が散るじゃないですか」
 「はぁ~? 人がせっかく……」

 二人のやりとりを聞いていたひとみが、
 「あ~、始まった……」
 と二人の間に割って入って行った。

 
 「あの二人、どうかしたのですか?」
 遅れて美術室にやって来た葉山が、
川内に尋ねた。

 「矢上先生の寄せ書き用の似顔絵を
上野さんが依頼されたみたいなんですけど
上手く描けないからって、流れで本人を
練習台にする的な話になったんですが……
 あんな感じで揉めてます」
 と川内が答えた。

 「そうですか……困ったものですね。
そう言えば、彼がこの学校にいるのも
あとわずかでしたね……」
 葉山がそう呟いた。
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