恋はレモンのように
 次の日の放課後、夏は部活のために
美術室で絵画制作の準備をしていた。
 すると、部長の川内が夏に声をかけた。
 「上野さん、あのさ……」
 「あ! 部長、お疲れ様です。
 部長も今からですか?」
 いつもの元気な口調で夏が川内に聞いた。
 
 「ああ、そうだよ。上野さんもなんだ」
 「はい! 葉山先生からも進捗にダメ出し
されたので、頑張らないと……」
 「そうなんだ……。あの、あのさ、上野さん」
 「はい……なんですか? 部長」

 「今週の日曜日、暇?」
 「今週末ですか? はい、予定何もない
ですけど」
 「じゃ、じゃあさ、俺につきあってくれない?」
 「部活の制作ですね。いいですよ。二人のほうが
 ダレずにすみますもんね……」

 「部活じゃなくて、その……美術展、一緒に
観に行かない? 今週末までなんだよ。だめかな?」

 「あっ、えっと、美術展……ですね」
 「だめかな?」
 「え~っと、うん、わかりました。いいですよ。
 行きましょう! 美術展」

 夏がそう返事をすると、メガネの下の眼差しが
優しく彼女を見つめた。

 「上野さん、ありがとう! やったぁ」
 ガッツポーズをする川内を見た夏も
 優しく微笑んだ。

 その日の帰り道……。
 「え? 夏、また美術展を見に行くの?
 川内部長と……ふたりきりで」
 驚いた顔のひとみが夏に言った。
 「だって……なんか成り行きでそうなったと
いうか。だって、部長の瞳を見てたら、
『うん』としか返事できなかった」

 「そうか~、しかし、部長も大胆だね~
 いきなり、夏をデートに誘うなんて」

 「デート? 私と部長が?」
 驚く夏にひとみが、
 「あたり前じゃん、デートじゃなきゃ
何なのよ。とにかく、これで、部長が夏に
気があることがわかった。で、夏はどうなのよ?」

 「どうって?」
 「とろいな~。部長は夏が好き、で、夏は
 どうなの? 部長のこと好きなの?」

 「好きって……、わかんないよ。そんなこと」
 動揺する夏にひとみが、
 「今度は、各自で絵画を鑑賞するんじゃなくて、
二人で一緒に観て回るんだよ」
 と言うと、夏の肩をツンツンと押した。

 「夏、川内先輩と二人で美術館に行くの?」
 遅れて二人に合流した恭介が言った。
 「そ~なのよ。夏ったら、川内部長に誘われて。
意外と、告白なんかされちゃって! キャ~、
ついに夏も彼氏持ちになるのか……」
 
 ひとみの言葉を聞いた恭介は、
 「ただ、部活の参考として観に行くだけだろ?
 夏も何で、昨日行って来たって
言わなかったんだよ」
 「だって……そんなこと言われても、
先輩がどんどん話していくから、つい……」

 「まぁ、まぁ、恭介君、幼馴染の夏を
心配するのは、十分にわかるよ。でも、君も
そろそろ、保護者的目線はやめたほうがいいかもよ」

 ひとみの言葉に過剰に反応した恭介、
 「ひとみちゃん、何今の言い方、
俺は、ただ……」
 下を向いた恭介。
 「ごめん、恭介君、冗談だよ。冗談。」
 謝るひとみに、
 「ひとみちゃん、恭介のことからかいすぎだよ。
 それに、ただ、私は川内部長と二回目の美術展を
観に行くだけだよ。だから、そんな恋愛なんかに
発展することはないよ……それじゃあ、私こっち
だから、また明日ね」
 と言うと、夏はひとみと恭介を残して、
自宅への道を歩いて行った。

 「はぁ~、何がただ、観に行くだけだよ。
 普通、ここから、恋愛に発展するんだよな……
 ったく、だから、夏は心配なんだよ」
 恭介が呟くと、

 「そうなんだよね。夏は、恋に憧れてるけど、
実際のことは、恋愛の過程なんてほぼわかってない
と思うよ」

 「とにかく、俺は川内先輩と夏が恋愛に
発展することはありえない……」
 恭介は、拳を握りしめそう呟いた。
< 7 / 84 >

この作品をシェア

pagetop