恋はレモンのように

突然のお誘いは……

 部活が終り、校門の所までひとみと一緒に
歩いて来た夏が立ち止まると、
 「ひとみちゃん……今日、私、用事があるから
ここで……」
 と言った。

 「ふ~ん。部活終わりに用事ね~」
 「あ、うん。お母さんから頼まれて……
じゃあね……」
 と言うと夏は、いつもと反対方向に
走って行った。

 夏の後ろ姿を見送ったひとみは、
疑うこともなくいつもの通学路を歩いて行った。

 夏が、矢上から指定された中央公園の広場に
到着した頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
 キョロキョロと広場を見渡す夏……
 「ごめん。おまたせ……」
 後ろから声がした。
 夏が振り返ると、矢上が斜め掛けした
鞄のひもを抑えながら歩いて来た。

 「待った?」
 「全然、私も今来たところ……」
 「そっか……」
 矢上の顔をじっと見つめる夏。
 
 「なんだよ、人の顔をジロジロ見て」
 「矢上ッち……こうして見てると
学生みたい……とても先生には見えないな」

 「は? 何言ってるの? 俺、れっきとした
美術大学の生徒……美大生ね……」

 「あ、そうだった……矢上のくせに……
っていつも言ってたから美学生だったこと……忘れてた」

 「ははは、相変わらず、ド天然だな」
 「はぁ~?」
 と口を尖らす夏。

 二人は、広場の隅に見えたベンチに座った。
 「ほれ、お子ちゃま仕様のカフェオレ……」
 矢上が缶入りのカフェオレを手渡した。
 「ありがとう……」
 「どういたしまして……」

 プシュッ……
 フタを開けて夏はカフェオレ、
矢上はブラックコーヒーを飲んだ。

 「ところで、用事ってなに?」
 夏が矢上に聞いた。

 「あ~、特に用事はないんだよね、ただ……」
 「ただ……?」
 「その……もうすぐ、お別れだからさ。
夏と話がしたかったんだよね。
 学校だと、一応先生と生徒じゃん……
 家に帰れば俊二がいるだろ……」
 少し恥ずかしそうに矢上が言った。

 「えっと……それはどういう意味……
 なんでしょうか……」
 突然敬語になる夏……。

 「えっと……それは……」
 矢上が何かを話そうとした時だった。
 夏のスマホに母親からの着信を知らせる音が鳴った。

 夏は、スマホを耳元に当てると、母親と
話し出す……。
 彼女が耳に当てたスマホには、キラキラと光る
葉山からのお土産の日向夏のキーホルダーが
つけられていた。

 それを見た矢上の頭の中に、夏のことを
そっと見つめる葉山の顔が浮かんだ……。

 母親との通話を終えた夏……、
 「ごめん、お母さんからだった。……で、
矢上っちの用事ってなんだったっけ?」

 「用事? ああ、ほら、あと数日で
教育実習が終わるじゃん。最後の挨拶……
女子がキュンとするような言葉を……
言いたいんだけどさ。なんかいいフレーズ
ないかな~って……思って」
 
 矢上の言葉に呆れ顔の夏が、
 「は? そんなことを相談したかったの?
それでの呼び出し? はぁ~、信じられない」
 と言うとベンチから立ち上がった夏が両手を
腰に当てた。

 「ごめん、ごめんって……夏、怒るなよ」
 手を合わせて謝る矢上……。 
 「もう、知らない!」
 夏は鞄を持つと歩き出した。

 「夏~、ごめんって……ちょっと、待てよ」
 矢上は慌てて夏の後を追いかけた。
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