恋はレモンのように
 無事に美術館に到着した夏と川内、
受付を通り、展示室に向かう。
 館内は、先週同様静まりかえっていた。
 
 「上野さん、こっちだよ」
 彼女に優しく声をかける川内の後を
小股でついていく夏。

 二人で鑑賞するんだよ……。
 ひとみから言われた通りに夏は
川内の傍から離れず、小声で話をしながら
展示された絵画を観てまわる。

 「上野さんは、こらからもずっと絵を
描き続けるのかな?」
 一枚の大きな油絵の前に立ち止まった
川内が夏に尋ねた。
 「う~ん。まだわかりません。
コンテストの成績も、イマイチだし。
 それより、部長は行くんしょ? 美大」

 「あ・ああ、一応ね。でも、どうかな~
やっていけるか心配だよ。その前に合格
しないといけないけどね。来年の今頃は
俺、どうしてるんだろうな……」

 「先輩は、大丈夫ですよ。コンテストは入賞
ばっかだし、この前も、最優秀賞でしたよね」

 夏の言葉に優しく微笑む川内、
 「ありがとう。上野さんからそう言われると
やれそうな気がする! また、描かなきゃって
気分になるな……新たな作品をね」

 「そうですよ! 部長頑張れ!」
 にこやかに笑う夏……
 そんな彼女を見つめた川内が
 「上野さん、あのさ……俺、描きたいんだ」
 「何をですか?」
 「上野さんを……。上野さんをモデルにして
描きたい。高校最後の作品を……。だめかな?」

 「えっと……。私を? モデルに?」
 驚いた夏……その時だった。


 バサバサバサ……。
 大量のチラシが大理石の床に落ちて行く音が
した。
 夏と川内が音のした方を見ると、床に散乱
した大量のチラシがオブジェのように折り重なって
いた。
 「あ~、やっちまった……」
 その声に、夏と川内が駆け寄り、散乱した
チラシを拾い始めた。

 「あ~、お客様、申し訳ありません。大丈夫
ですよ……こちらで……あっ」
 しゃがんでチラシを拾う夏は、声の主を見上げた。

 「あ……あなたは……」
 「あんた、また来たの?」

 声の主は、夏が二度と会いたくないと言っていた
超失礼なバイト生のような学芸員……。
 驚く夏の顔をあざ笑うかのように、学芸員が、
 「あんた、また来たの? それも今度は
ちがう男と……。ったく、最近のガキは
すごいね~」
 と言った。
 男性の言葉を聞いた夏はすぐに立ち上がると、
 「もう! 何なんですかあなたは、一度とは
言わず、二度も失礼なことを言うなんて……
最悪! 最悪……」
 夏は、拾い集めたチラシを男の胸にバンと
押し付けた。

 「あ、ありがとうな。でも、そんな顔して
怒るなよ。彼が驚いてるじゃないの……」
 男が川内の方を見て言った。

 「あ……」
 気まずそうな顔をした夏に川内は、
 「上野さん、この人、知り合い?
二度目って、来たの? 絵画を観に……」
 と呟いた。

 「え……っと、それは……」
 夏が川内に説明をしようとした時、
 チラシを拾い終えた男は、
 「お客様、どうもありがとうございました。
では、この後もごゆっくりご鑑賞ください」
 と言い残すとニヤっと笑い大量のチラシを
抱えその場から歩き去った。

 その場に残された夏と川内、
 「部長、すみません。私、先週、友達と
この美術展観に来たんです……。だから、
あの男の人が言ったように二度目で……」
 夏は川内にそう告げると、深々と頭を下げた。
 夏の姿を見た川内はフッと小さな溜息を
つくと、
 「なんだ、そうだったの。正直に言ってくれたら
よかったのに。俺のほうこそ、ごめんね。上野さんに気をつかわせてしまって……」

 「そ・そんなことないです。部長と一緒に
観に来るの私も楽しみだったし……。あれ?」
自分が言った言葉に少し驚く夏。

 「本当に? 上野さんもそう思っていて
くれたなんて嬉しいな。じゃあ、二度目だけど
続き……観よう」
 川内の優しい眼差しと言葉に夏も自然と
笑みがこぼれ、
 「はい……」
 と返事をすると、二人は静かな館内を
一緒に観てまわった。

 日曜日の昼下がり……

 絵画を指差し、微笑み合う夏と川内。

 夏は、優しい川内のお陰で、先程の嫌な出来事が
消し去られていくような気がした。
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