ワンコ系ビジュ強め騎士はスパダリ魔法士の先輩に夢中
アイリスが大股で歩く足を止めた。

(面倒だな…)

と心の内で悪態をつき、明るい飴色の髪を翻し、進む方向を変えようとしたその時。


「あっれー!アイリス先輩!ちょうど良かった!会いたかったところです!」


背後から慣れ慣れしい大きな声を浴びせられ、アイリスは大きくため息をついた。
しょうがなく振り向くと、黒い大きな犬―――もとい、黒髪長身で黒い騎士服を纏った男が、すぐ傍までその大きな手を広げて駆け寄ってきていた。

アイリスは顔を歪め、サッと避ける。
行き場を無くした長い腕は空振りし、目的の女ではなく自分自身を抱きしめる形となった。


「ああ~…」

校舎のギャラリーからは残念そうな落胆の声が響く。

しかし黒髪の男はめげることを知らず、口元に笑みを携えたままその金の眼でアイリスを射捉える。
アイリスは未だ不快そうな表情を緩めず、腕を組み、険を含めたプラチナの眼で応戦した。


「セドリック、私はこれでも女だ。学園内で異性に対してみだりに触れようとするのはよしなさい。」
「学園の外でなら触っていいってこと?」
「そうではない。」



黒く長めの前髪の隙間から覗く金色は悪戯に光る。
アイリスの背が高いといっても、セドリックには敵わない。
16歳のセドリックは1か月前の入学時よりも背を伸ばし、どんどん逞しくなっていく。
長身のセドリックが腰を屈め、アイリスの目線の高さに合わせ、「先輩照れてる?」と微笑んでくる。

屈んで目線を合わせられた、その事実がアイリスを無性に苛立たせた。
その恵まれた体躯が羨ましい…という気持ちを必死で隠す。

(だから私はこの男が苦手なんだ。)

アイリスは苦い顔で奥歯を噛みしめた。


セドリック・コーンウェル。
コーンウェル公爵家の次男である彼は、一族特有の黒い髪と黄金の眼を持ち、その由緒正しき血統に加えて、宝石かと見まがうような美貌、恵まれた体躯を兼ね備えていた。
更にセドリックは、その明るい笑顔と細やかな気遣い、誰にでも気さくに話しかける性格をもってして、貴族の子息令嬢同士の遊びの場では常に中心にいた。

アイリスも貴族令嬢の端くれではあるので、以前から彼のことは知っており、「公爵家に恥じぬ、素晴らしい人物だな。」と評価していた。

しかしである。

由緒正しき公爵家の次男が、政治の道ではなく高等部では騎士科に入学したという。
元々剣の才能に恵まれていたとは聞いていたが、これにはアイリスも珍しく不快を露わにした。

剣を握る必要のない家柄の次男が騎士の道を志すとは。
戯れか、一時の遊びか。
アイリスは半端な気持ちで武を扱う者が大嫌いだった。

しかもこの男、人に対して警戒心というものがまるで無い。
今も黄色い声を浴びせる女子生徒に対して、にこにこ、ひらひらと手を振っている。


(騎士としての心持からなっていない。)


アイリスの騎士としての手本は、騎士団長である父の姿だった。

常に厳しく自分を律し、隙を見せない。
主人である王族の安全を常に配慮し、自らの威圧をもってして盾とする。

騎士の鏡である。

それがこの男ときたら、どうだ。

アイリスは呆れと軽蔑の眼差しでセドリックを睨んだ。
その視線に気が付いたセドリックは金の眼を三度瞬き、形のいい唇を吊り上げる。


「あ、先輩、俺が他の女の子を相手してるからヤキモチ?」
「・・・・・・」

相手にしていられない、と大きくため息を零し、無駄な時間を薙ぎ払うかのようにセドリックの横を通り過ぎようとする。
しかしそれを阻むように大きな体でアイリスの行く手を阻み、腰を屈めてアイリスの視線に顔を近づける。

「レディ、昼食をご一緒しませんか」

金のたれ目がちな瞳を僅かに細め、わざとらしく貴族ぶった優雅な身振りで手を差し出してくる。
周りの女子生徒は熱いため息を漏らしていたが、アイリスは冷たく彼を睨み上げた。

「断る。」
「硬派な先輩も素敵だな。ますますお近づきになりたい。」

セドリックの黒い手袋をはめた手がアイリスの白い頬にそっと触れる。
…前に、白い手袋をはめたアイリスの手が、黒いものをひねり上げた。

「い"っ…!!」
「ここが魔法を禁止されている場で良かったなあ?身体強化魔法は使ってないぞ、騎士殿。」

アイリスは引きつる片頬を上げて不機嫌そうに微笑んだ。
そしてひねり上げた手を引っ張り、前のめりによろめいたセドリックの顎に手をかけ耳元で囁く。

「私は半端な人間が嫌いなんだ。」

セドリックは横目でアイリスの顔を見やった。
そのプラチナの瞳は冷たく、目の前の男を軽蔑する意思を隠そうとしない。
視線が絡んだ瞬間、セドリックはじわじわと口元に笑みを浮かべた。

「…やっぱりいいね、先輩。」
「君は嫌味の一つも効かなくて、本当に面倒な奴だよ。」

大きなため息を零したアイリスは呆れたように肩をすくめた。
アイリスがここまで嫌悪感を出しても笑ってくる男は、この男くらいだ。

(食えない奴だな。)

仕方なくアイリスは周りで遠巻きに見ている令嬢たちに向かって振り返り、声を高らかに呼びかけた。

「こちらの1年生が昼食を一緒にとるレディを探しているようだ。どなたかご一緒して差し上げてくれないか。」
「ちょっ、待って先輩!」

セドリックがアイリスの口を慌てて塞ごうとしたが、遅かった。
血気盛んな女子生徒たちが我先にと目をらんらんに光らせて押し寄せてきた。

「まあ!私といかがですか?」
「セドリック様、こちらにいらして!」
「太い腕!鍛えてらっしゃるのね!少し触ってもいいかしら!?」

美丈夫に群がる女子生徒を交わしながら、アイリスはその群れから離れていく。
頭一つ抜き出た黒髪の男が恨めしそうな顔で見てきた気がしたが、無視することにする。

(いい気味だ。)

白い騎士服姿の女は、大層面倒そうに明るい飴色の前髪をかき上げた。
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