夜空に月光を。
ザー

彼の足が止まって、視線を上げると海が広がっていた

このまま、どこか行けないところに連れてかれて、やばいことされるんじゃないかとか、警察とか相談所に連れてかれるんじゃないかとか、そんなことは1ミリも思わなかった

ただ、何も考えずに彼の進んでいく背中を追いかけた

急にパッとずっと掴まれていた手首が離される

「ごめん、痛かった?」

そう言って、彼は私の方を見ると、砂浜に腰を下ろした

彼の言葉に首を振って、私も彼の隣に座った

「俺、結城 翠。って、さっきも言ったか」

「すい…」

「ああ」

風に乗って、海の香りが鼻に届く

自然と、口が動いて、言葉を発した

「月宮…月宮 初」

「うい、か。いい名前だな」

そんなこと、言われたこともなかった

翠の方を見ると、海の先の水平線を眺めているようだった

もう、さっきの悲しそうな顔はしてなかった

よく見ると、翠はすごく整った顔をしてる

彼のさらさらとした黒髪が潮風に揺れる

「生きてて、嫌なこと…あったのか?」

「…いいことなかった」

別に、死にたいことがあったわけでもない

死にたいと思って、生きてきたわけでもない

ただ、私って生きてる意味あるのかなって思ったんだ

なんのために生きてるんだろうって

「そうか、」

私がそういうと、翠はポンポンと私の頭を撫でた

なんでかわからないけど、それが心地よかった

「帰る場所は?」

「ない」

生きてる意味ないなら、必要ないのかも

そう思った時には、もう一人暮らしをしていた家は売り払って、あのビルの屋上にいた

親も事故なのか、病気なのか、私を捨てたのか、わからないけど物心ついた時には、いなくて、1人ぼっちだった

頼れる人なんて、いなかった

「なら、俺ん家来い」

「え?」

「ん?ふっ大丈夫、とって食ったりはしねえよ」

いや、それは心配してないけど…

だって、この数時間で翠はそんな人じゃないって分かったから

「だから、もう死のうとなんかすんな
俺が、初を死なせないから」

海を見ると、太陽が昇ってきていて、さっきまで真っ黒だったあたり一面が光につつまれていた

「生きたいって思ってもいいのかな」

「当たり前だろ」

私がそういうと、翠はそう言って微笑んだ
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