モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
ライトリム学院は、貴族の子息達の学舎として、長い歴史と伝統を誇っている。
なんて書くと、そこに通う生徒達も気品ある優雅な人達だろうと想像するかもしれない。
だけど私、シアン=アルスターは、そんな優雅さなんて出す余裕は微塵もなかった。教室の片隅で、眉間にシワを寄せながら唸っていた。
「またバイトの面接ダメだった。私は、働くことすらできないって言うの?」
机の上にうつ伏せて、深ーくため息をつく。こんな姿、もしマナーうるさい先生にでも見つかったら、小言の一つも言われるかも。
「どうしたのシアン。見るからに元気ないんだけど」
「あっ、パティ」
声をかけてきた彼女の名前は、パティ=ルズベリー。私と同じく、この学院の高等部の一年生だ。入学と同時に知り合い、今では最も仲のいい友達だ。
「昨日バイトの面接受けたんだけと、断られちゃってね、これでもう5連敗。途中まではいいんだけど、私が貴族の娘だって知ったとたん、みんな顔が曇るのよね」
「ああ……」
パティも、それを聞いて何となく事態を察したようだ。
この学院では、一定以上の成績をおさめ許可証を習得すれば、社会経験を積むという名目で、アルバイトをすることができる。
だけどいくら学校側が認めていても、雇う側が受け入れてくれるとは限らない。
「学生バイトができるとこって、大抵その辺の商店や喫茶店とかだからね。貴族の娘を雇うってなると尻込みもするか」
「そうかもしれないけどさ、貴族って肩書きだけでダメになるのは悔しいよ。貴族かどうかで区別するなんて時代遅れだし、だいたいうちは、貴族って言っても大した家柄じゃないのに」
流通や交易が発達し、誰でも富を得るチャンスを持てるようになった昨今、貴族と平民との差はだんだんなくなってきている。
パティだって立場としては平民になるけど、かつては貴族専用だったこの学校にも普通に入学してるからね。
「よしよし。たしかに、シアンは貴族って言っても全然それを鼻にかけたりしないからね。最初は私と同じ平民かと思ったよ」
「鼻にかけられるほど大したものじゃないってだけだよ」
「って言うか、どうしてそこまでしてバイトしようとしてるの? 社会経験を積めっていう家の方針とか?」
「違う違う。もっと単純で切実な理由」
家の方針でアルバイトをする生徒もいるって聞くけれど、私はそんな立派な動機なんて持っちゃいない。
「そう言えば、パティにはまだ話したことなかったっけ。実は今、うちの家計は火の車なの」
「…………は?」
「だからせめて、自分のご飯代くらいは何とかしたいなって思って──」
「ちょ、ちょっと待って!」
目を丸くしながら、慌てた様子で口を挟むパティ。
「ご飯代って、そんなにヤバイの? シアンの家が本当に貴族なのかも怪しくなってきたんだけど!」
「だから、うちは貴族って言っても大したものじゃないから。昔、ご先祖様がとっても胡散臭い手柄を立てて位をもらっただけ」
「胡散臭いって、あんた自分の先祖に向かって……」
「だって本当に胡散臭いんだもの。それに、今は家柄よりも商才が物を言う時代でしょ。で、お父さんにはその商才が無かったの。商売に手を出した結果、赤字続きで借金まみれ。今日も金策に走り回ってるよ」
改めて言葉にしてみると、我が事ながら大変な状況。けど初めて聞いたパティのショックは、私よりもずっと大きかったらしい。
「ねえ、本当に大丈夫なの? 学校辞めたりしないよね?」
「ごめん、脅かしちゃったね。いくらなんでも、今すぐ暮らしていけなくなるってほどじゃないよ。ご飯代を稼ぐってのも、お金の価値と自分の置かれている状況を忘れないためにやりたいだけだから」
バイトの目的は、ただお金だけにあらず。逞しく生きるため、まずはこういうとこからハングリー精神をきたえなくちゃ。
「もしかして、シアンが流通や経済の授業を選択してるのも、卒業した後の事を考えてなの?」
「そうだよ。私だっていずれはお父さんの仕事を手伝わなきゃならないだろうから、勉強しておいて損はないでしょ」
「うぅ……シアン、あんたいい子だね。浮わついた理由で受ける授業を決めてるような奴らに聞かせてやりたいよ」
感激屋のパティは、ハンカチで目元を押さえながら、もう片方の手でポンポンと私の肩を叩く。私だって成り行きでこうなっただけなんだけど、親身になって話を聞いてくれるのは嬉しかった。
「ありがとね、パティ」
パティもこうして応援してくれてるんだし、落ち込んでいられない。学校が終わったら、働けそうな所を探してみよう。
そう決意したその時だった。教室の入り口の方から、賑やかな声が聞こえてきた。
顔を向けると、そこにはたくさんの女子生徒が群がっていた。
ただし、その中心にいるのは一人の男子生徒だ。
「オウマ君、相変わらず凄い人気だね」
パティがそう言うけど、特別驚いてるわけじゃない。
一人の男子生徒と、それを囲む何人もの女子生徒。知らない人が見たらびっくりしそうな光景だけど、この学校ではよくあるんだよね。
男子生徒の名前は、エルヴィン=オウマ。
彼の存在と、女生徒からの異様な人気ぶりは、この学校じゃ知らない人を探す方が難しいかも。
なんて書くと、そこに通う生徒達も気品ある優雅な人達だろうと想像するかもしれない。
だけど私、シアン=アルスターは、そんな優雅さなんて出す余裕は微塵もなかった。教室の片隅で、眉間にシワを寄せながら唸っていた。
「またバイトの面接ダメだった。私は、働くことすらできないって言うの?」
机の上にうつ伏せて、深ーくため息をつく。こんな姿、もしマナーうるさい先生にでも見つかったら、小言の一つも言われるかも。
「どうしたのシアン。見るからに元気ないんだけど」
「あっ、パティ」
声をかけてきた彼女の名前は、パティ=ルズベリー。私と同じく、この学院の高等部の一年生だ。入学と同時に知り合い、今では最も仲のいい友達だ。
「昨日バイトの面接受けたんだけと、断られちゃってね、これでもう5連敗。途中まではいいんだけど、私が貴族の娘だって知ったとたん、みんな顔が曇るのよね」
「ああ……」
パティも、それを聞いて何となく事態を察したようだ。
この学院では、一定以上の成績をおさめ許可証を習得すれば、社会経験を積むという名目で、アルバイトをすることができる。
だけどいくら学校側が認めていても、雇う側が受け入れてくれるとは限らない。
「学生バイトができるとこって、大抵その辺の商店や喫茶店とかだからね。貴族の娘を雇うってなると尻込みもするか」
「そうかもしれないけどさ、貴族って肩書きだけでダメになるのは悔しいよ。貴族かどうかで区別するなんて時代遅れだし、だいたいうちは、貴族って言っても大した家柄じゃないのに」
流通や交易が発達し、誰でも富を得るチャンスを持てるようになった昨今、貴族と平民との差はだんだんなくなってきている。
パティだって立場としては平民になるけど、かつては貴族専用だったこの学校にも普通に入学してるからね。
「よしよし。たしかに、シアンは貴族って言っても全然それを鼻にかけたりしないからね。最初は私と同じ平民かと思ったよ」
「鼻にかけられるほど大したものじゃないってだけだよ」
「って言うか、どうしてそこまでしてバイトしようとしてるの? 社会経験を積めっていう家の方針とか?」
「違う違う。もっと単純で切実な理由」
家の方針でアルバイトをする生徒もいるって聞くけれど、私はそんな立派な動機なんて持っちゃいない。
「そう言えば、パティにはまだ話したことなかったっけ。実は今、うちの家計は火の車なの」
「…………は?」
「だからせめて、自分のご飯代くらいは何とかしたいなって思って──」
「ちょ、ちょっと待って!」
目を丸くしながら、慌てた様子で口を挟むパティ。
「ご飯代って、そんなにヤバイの? シアンの家が本当に貴族なのかも怪しくなってきたんだけど!」
「だから、うちは貴族って言っても大したものじゃないから。昔、ご先祖様がとっても胡散臭い手柄を立てて位をもらっただけ」
「胡散臭いって、あんた自分の先祖に向かって……」
「だって本当に胡散臭いんだもの。それに、今は家柄よりも商才が物を言う時代でしょ。で、お父さんにはその商才が無かったの。商売に手を出した結果、赤字続きで借金まみれ。今日も金策に走り回ってるよ」
改めて言葉にしてみると、我が事ながら大変な状況。けど初めて聞いたパティのショックは、私よりもずっと大きかったらしい。
「ねえ、本当に大丈夫なの? 学校辞めたりしないよね?」
「ごめん、脅かしちゃったね。いくらなんでも、今すぐ暮らしていけなくなるってほどじゃないよ。ご飯代を稼ぐってのも、お金の価値と自分の置かれている状況を忘れないためにやりたいだけだから」
バイトの目的は、ただお金だけにあらず。逞しく生きるため、まずはこういうとこからハングリー精神をきたえなくちゃ。
「もしかして、シアンが流通や経済の授業を選択してるのも、卒業した後の事を考えてなの?」
「そうだよ。私だっていずれはお父さんの仕事を手伝わなきゃならないだろうから、勉強しておいて損はないでしょ」
「うぅ……シアン、あんたいい子だね。浮わついた理由で受ける授業を決めてるような奴らに聞かせてやりたいよ」
感激屋のパティは、ハンカチで目元を押さえながら、もう片方の手でポンポンと私の肩を叩く。私だって成り行きでこうなっただけなんだけど、親身になって話を聞いてくれるのは嬉しかった。
「ありがとね、パティ」
パティもこうして応援してくれてるんだし、落ち込んでいられない。学校が終わったら、働けそうな所を探してみよう。
そう決意したその時だった。教室の入り口の方から、賑やかな声が聞こえてきた。
顔を向けると、そこにはたくさんの女子生徒が群がっていた。
ただし、その中心にいるのは一人の男子生徒だ。
「オウマ君、相変わらず凄い人気だね」
パティがそう言うけど、特別驚いてるわけじゃない。
一人の男子生徒と、それを囲む何人もの女子生徒。知らない人が見たらびっくりしそうな光景だけど、この学校ではよくあるんだよね。
男子生徒の名前は、エルヴィン=オウマ。
彼の存在と、女生徒からの異様な人気ぶりは、この学校じゃ知らない人を探す方が難しいかも。
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