モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい

怒ったオウマ君

「そう言えばオウマ君は、今の姿と、この絵みたいないかにも悪魔ですって感じの姿、どっちが本当なの?」
 物語で人間に化けた悪魔が出てきた時は、大抵の場合最後の方で「これが自分の正体だ!」とか言って、いかにも悪魔ですって感じの姿になる。オウマ君はいつもは普通の人間の姿をしているけど、その辺はどうなってるんだろう。
「どっちのも本当と言えば本当だけど、特に意識しない時は人間の姿だよ。インキュバスの姿の方が人間よりも強い力が出せるから、先祖が戦場で戦っていた時はその姿でいたらしいけど、今の時代戦う必要もないからな。悪魔の姿になんて滅多にならない」
 そう言ったオウマ君だったけど、それを聞いて、ホレスが黙っていなかった。
「悪魔の姿!? シアンだけそんなの見れてズルいぞ。なあ、俺にもちょっとだけでいいから見せてくれないか。力を制御するためには必要かもしれないん」
「えぇっ……まあ、いいですけど」
 いや、本当にそれ必要なの? 自分が見たいだけのような気がするけど。
 それでも、頼まれた以上は無下にできないオウマ君。前に私やお父さんに見せた時と同じように、みるみるその姿を変えていく。紫色の体に山羊に似た角に蝙蝠の羽っていう、悪魔インキュバスの姿に。
 もちろん、それを見たホレスは大興奮だ。
「おおっ、凄い! 羽があるけど小さいな。空は飛べるのか? 魔法って使える?」
「い、いえ。この羽は動かすことはできても、空は飛べないんです。それに魔法も……」
「じゃあ羽は飾りみたいなものか? 元々は飛べたけど、退化して小さくなったのかも。魔法は、使い方を知らないだけで、ちゃんと学べばできるんじゃないのか。この姿だと人間より強い力が出せるって言ってたけど、具体的にどんな事ができるんだ?」
「えっと、ケガしても瞬時に治るとか、石を片手で砕いたりとか、普通の人の倍の速度で走ったりとか……」
「なるほど。うーん、いくらすぐに治るって言っても、さすがに怪我してくれとは言えないな。じゃあ、石を砕いてもらおうか。持ってくるから、そのままで待っててくれ!」
 スキップしそうな勢いで物置から出ていくホレス。彼が去った後、オウマ君がこっちを見てポツリと呟いた。
「あの人、本当に大丈夫なのか?」
「ち、知識はあるから」
 あれでも頭はいいんだよ。その代わり、常識は大きく欠けてるけど。
 間も無くして、ホレスは庭から大量の石を持ってくる。
「さあ、砕いてくれ。他にも色々やってほしいことはあるけど、何がいいかな~」
「は、はぁ……とりあえず、石を割りますね」
 見た目は完全に悪魔の姿のオウマ君が、勢いに圧倒されながら言うことを聞く姿は、なかなかにシュールだ。
 それからオウマ君は床に石を並べ、その中の一つに拳を叩き込む。すると、その石はあっという間に砕けてしまった。
「おぉーっ!」
 こんなのを見ると、改めて、普通の人間とは違うんだなと思い知らされる。先祖が戦争で活躍したってのも納得だ。
「すげーっ! もっと見せてくれ。とりあえず、この石全部割ってやれ!」
 大喜びのホレスは、次から次へと石を割らせていく。
 その度に床が散らかっていくけど、それって私が掃除しなきゃダメなのかな?
 だけど、いくつかの石を砕いたところで、オウマ君はゼイゼイと息を切らし、その場で膝を曲げてしまった。
「すみません。少し休んでもいいですか?」
「ああごめん。疲れちゃった?」
 そう言っている間に、オウマ君の姿は人間のそれへと戻っていく。たった今見ていたインキュバスの姿が嘘のようだ。
「あの姿になると、それだけで体力を使うし、物凄く燃費が悪いんです」
「そうなの? 凄い力が出せるって言っても、いいことばかりじゃないんだ。って言うか、ご先祖様はそんなんで戦場に行って大丈夫だったの?」
 オウマ君の先祖は戦争で武功を立てたっていうけど、いくら力が強くても、こんなに早くへばっていたらどうにもならないんじゃないかな?
「先祖が戦場に出る際は、事前にある程度人の生気を吸っていたらしいんだ。吸い取った生気はそのまま体力になるから、長い時間戦っても大丈夫ってわけ」
「ああ、そういえばインキュバスって、生気を吸いとるんだっけ」
 それは、女性を魅了するのと同じくらい有名な、インキュバスの特徴だった。
「言っておくけど、生気を吸うって言っても、相手を死なせたり、倒れたりするまで吸ったりはしなかったらしいから。せいぜい、全力疾走するくらいに疲れる程度に加減してたらしい」
 その辺は、人間と一緒に生きるためちゃんと配慮していたんだね。
 するとそれを聞いたホレスが、またもノリノリで言ってくる。
「よし、それじゃ次は生気を吸い取ってみようか。体力消耗してるし、ちょうどいいな」
 だけどそれを聞いて、スッとオウマ君の目が細くなった。
「ごめん、それはできない」
 それは、今まで戸惑いながらもホレスの注文を受けていたオウマ君の、初めての反論だった。
「俺は、この力を人に向けては使わない。生気を吸い取るなんて、絶対に嫌だ」
「いや、何も倒れるまで吸ってって言ってるわけじゃないんだよ。君の先祖みたいに、全力疾走程度に疲れるくらいに抑えてくれたら、何も問題ないでしょ。俺は全然構わないよ」
「俺が嫌なんだ。それに生気を吸い取れる相手は女性だけだし、俺の近くにいるほど、魅了の力は強くかかってしまうんだ。生気なんて吸い取ったら、どれだけ強く魅了にかかるかわからない。そんなの、絶対にできない」
 確かに、インキュバスが男から生気を吸いとるなんて場面はあまりイメージできない。それに、相手をより強く魅了してしまう危険があるなら、オウマ君としては避けたいよね。
「そっか。俺なら、一度でいいから吸われてみたいって思ったんだけどな。ならシアン、代わりに吸われてくれ」
「えっ、私?」
「ああ。お前は女だし、魅了の力はきかないから、問題ないだろ。しかもだ。記録によると、悪魔祓いは普通の人間よりも大量の生気を持っているって話だ」
「そうなの?」
 悪魔祓いの新たな特徴の発覚だ。って言われても、人より生気が多いなんて、全く自覚がないんだけど。
「悪魔と戦うとなると、生気を吸いとられるなんて事態も普通にあっただろうから、自然とそういう奴が悪魔祓いになっていったんだろう」
 うーん、確かにそう言われると、それなりに説得力がありそうだ。もちろん、生気を吸われろって言われたら怖いけど、凄く疲れるってくらいなら、まあいいかなと思った。
 だけど、そう言おうとした時だった。
「できないものはできないって言ってるだろ!」
 オウマ君の鋭い声が飛び、苛立ったように壁に手を打ち付ける。見ると、今まで見たことのない険しい顔をしながら、小刻みに肩を震わせていた。
 もしかして、怒ってる?
「だいたい、俺は力を使うのが嫌だから、それを押さえ込む方法を探してるんだ。なのに、なんでそんな事に力を使わなきゃいけないんだよ!」
 吐き捨てるように言うオウマ君。だけどそれもほんの一瞬。その態度に思わず硬直する私を見たとたん、ハッとしたように、険しかった表情が一気に崩れた。
「……ごめん。態度、悪かった」
 短くそれだけを呟くと、後は何も言うことなく、サッと背を向け、そそくさと物置から出ていく。
 どうしよう、追いかけた方がいいのかな?
「あーあ、怒られちゃったな」
 迷っていると、ホレスが、場の空気を全く読まない呑気そうな声で言った。
「もう。いくらなんでも、無神経に色々やりすぎだよ!」
 オカルトマニアのホレスなら、オウマ君の事情を聞けばハイテンションになるのは十分予想がついていた。だけど、いくらなんでもやり過ぎた。
「私が先に話をしておくから、ホレスも後で謝りにきてよね」
 やっぱり、ちゃんと追いかけて話をしよう。そう思いながら、私は物置の外へと飛び出していった。
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