モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい

不吉な呼び出し

「はぁ……はぁ……」
 ここは、我が家の裏手にある、人気のない山の中。目の前では、オウマ君が膝に手をつきながら、激しく息を切らしている。今の彼は、悪魔インキュバスの姿に変わっていた。
 力の使い方を覚える。そう決めてから数日。オウマ君は学校が終わると、一度我が家に来てから、この裏山でその練習をするのが日課になっていた。
 その練習内容ってのが、これ。
「おおっ! 走る速さ、今までの最高記録を更新したかも!」
 オウマ君に決まった距離を走らせて、その時間を測る。その結果を見て、私は興奮ぎみに叫んだ。
 練習内容は、この他には、重いものを持ったり、一分間に何個の石を砕けるか挑戦したりっていう、体力測定やトレーニングみたいなもの。
 そして私は、その記録係。
 これを続けてわかったのは、インキュバスの姿になったオウマ君は、常識では考えられないくらいの身体能力を持っているってこと。普通の人の二倍は早く走れるし、昨日は大きな石を砕いてた。
 ただし非常に燃費が悪く、全力で動いたらすぐにバテるってこと。
 今だって、すっかり疲れきっている。
「こんなことにならないよう、インキュバスは人から生気を吸って、エネルギーを補給するんだろうけどな」
 息切れするオウマ君を見ながら、ホレスが言う。
 彼もまた、この練習に付き合うため、毎日この裏山へと通いつめていた。
「なあオウマ君。やっぱり、生気を吸い取った方が、もっと効率のいい練習ができるんじゃないのか?」
「それは……」
 試しにやってみるか? ホレスはそう言いたげだったけど、オウマ君がそれに応じることは無かった。
 やっぱり彼にとって、人から生気を吸い取るってのは、絶対に避けたいことなんだろう。
 だけど正直なところ、今のやり方で上手くいってるとは思えなかった。
「オウマ君も限界みたいだし、今日の練習はこれまでかな」
「悪い。わざわざ付き合ってもらってるのに、いつもちょっとしかできなくて」
 すぐに体力がなくなるから、一度にできる練習量はそう多くない。数回記録を測ったら、その日の練習はもう終わりってのがいつものパターンだ。
 そして肝心の力のコントロールについては、今のところ何の進展も見られていなかった。
「学校では相変わらずの王子様扱い。インキュバスの姿になって体を動かしても、魅了の力は制御できないのかな?」
「いや、単に練習量が少ないだけかもしれないぞ。もう少しデータをとらないと、なんとも言えないな」
 ホレスの言う通り、結論を出すのはまだ早いかも。
 けど練習量が足りないっていうなら、今のままじゃ成果が現れるのはいつになるだろう。
 せっかくの練習も、はじめたとたんに躓いてしまっていた。
「私の生気を吸わせられたら、もっと練習できるのにな」
 たった今オウマ君が拒否したにも関わらず、ついそんなことを考えてしまう。とはいえ、本人の意思を無視してまでやってみてとは言えなかった。


 そしてその翌日。この日もまた、オウマ君とホレスがうちに来る予定だ。
 といっても、オウマ君と私は、学校が終わった後、別々に我が家へと向かうことになっている。
 何しろオウマ君は、我が校では知らない者はいないモテ男。迂闊に一緒に帰ろうものなら、嫉妬にかられた女の子から、どんな目にあわされるかわからない。学校で話をするのだって、昼休み、人気のない中庭だけにしている。
 教室を見回すと、オウマ君の姿は既にない。私も早く帰ろうと、教科書を鞄の中に入れていると、パティが声をかけてきた。
「シアン、なんだか最近帰るの早いね。もしかして、バイト決まったの?」
「まあ、そんなとこ」
 正確にはバイトじゃないんだけど、詳しくは話せないから、その辺は曖昧にしておく。
「頑張るのはいいけど、あんまり無理はしないでね」
「大丈夫。私はそんなに大変じゃないから」
 私がやっていることと言えば、ほとんどオウマ君の体力測定の記録をつけているだけ。大変なのは、オウマ君本人なんだよね。
 そんなことを考えていると、全く別のところから、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アルスターさん、ちょっといいかしら」
「えっ、エイダさん?」
 振り向いた先にいたのは、エイダ=フィリスさん。前にオウマ君をダンスに誘っていた、校内で女王の如く君臨する女の子だ。
 それに、普段から彼女のそばにいる取り巻き二人も健在だ。
「えっと、なに?」
 訪ねながら、なんだか嫌な予感がしてくる。と言うのも、彼女達が明らかに不機嫌そうな顔をしていたからだ。
「話があるの。ちょっと、ついて来てくださらない?」
「えっ? でも、話ならここでもできるんじゃ……」
「いいから、ついてきて」
 有無を言わさぬ口調で、私の言葉は掻き消される。それに、取り巻きの二人が、まるで逃げ道を塞ぐように私の左右に立つ。
「あ、あの。シアンは今、私と話をしてる途中で……」
 不穏な気配を察してか、パティが助け船を出すように言うけど、それで引き下がるエイダさんじゃない。
「あらそうなの。それじゃ、少しの間借りていきますわね」
 まるで、それが決定事項であるかのように言い放つ。いや、実際エイダさんがこうしろと言った時点で、それはもうほとんど決定みたいなものなのかもしれない。
「パティ、ありがとう。もういいから」
「でも……」
 パティは尚も口を挟もうとしているけど、これ以上何か言うと、パティまで巻き込まれかねない。そんなのは、私の望むところじゃなかった。
「どこへ行けばいいの?」
 そう言うと、エイダさんはクルリと背中を向けて歩き始める。ついてこいってことなのだろう。
 心配そうにしているパティに大丈夫と告げ、エイダさんの後を追って教室を出る。
 両サイドには、相変わらずの取り巻き二人。気分はまるで連行される囚人だ。
 彼女達はいったい私をどこに連れていき、何を話そうとしているのか。
 なんだか、悪い予感しかしなかった。
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