モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
身の程知らず
エイダさんに連れられやって来たのは、校舎の隅にある行き止まりの通路。つまり、逃げようと思っても簡単には逃げ出せそうにない場所だ。
「えっと、話って何ですか?」
見当もつかない、なんてことはない。もしかしたらと心当たりはあったけど、自分から言うのも嫌で、知らないふりをする。だけど、何の意味もなかった。
「アルスターさん、でしたよね。最近、あなたとオウマ君との間に妙な噂が流れていること、知っていますか?」
「な、なんでしょう?」
もう一度シラを切ろうとしたけど、すぐさま取り巻き二人が反応した。
「とぼけるのもいい加減にしなさい。このところ、オウマ君がお昼休みになると毎日のように姿を消すのだけれど?」
「あなたと一緒にいるのを見たって噂があるのよ。どういうことなの?」
やっぱりそうか。それまで私が一人でお弁当を食べていた、中庭の隅にある秘密の場所。けど最近は、そこにオウマ君が加わった。
オウマ君とあまり仲良くしすぎたら、よけいな嫉妬を買うのはわかっていた。でもあの場所なら、滅多に人も来ないし、見られる心配もないよね。そう思っていたんだけど、知らないうちに誰かに見られていたらしい。
動揺する私に向かって、彼女達はさらに迫ってくる。
「それって、アナタが無理やり呼び出しているのよね」
「ふぇっ? ち、違うって!」
あれこれ言われているけど、私にだって言い分はある。自分からオウマ君を誘ったわけじゃないし、そもそも、何か悪いことをしているわけでもない。責められる理由なんてないはずだ。
「わ、私は別に、呼び出してなんかいないから。だいいち、それって何かいけない事なの?」
オウマ君は確かにモテるし、狙っている女の子はたくさんいる。けれどだからって、一緒にご飯を食べるのがいけないことだとは思わない。
なにより、オウマ君が自分からやって来てるんだから、それをどうこう言ってくるのはおかしい。
って思ったけど、エイダさん達にとってはそうじゃないみたい。
「その浅はかな考えが、身の程知らずだと言っているのです!」
「──っ!」
それまで黙っていたエイダさんが、ついに声を上げる。その迫力は、取り巻き二人の比じゃなかった。
「オウマ君がこの学校においてどう言う立場か、知らないわけではないでしょう。彼に想いを寄せる子は何人もいて、だけど誰も特別な存在にはならない。その理由が分かりますか」
それは、オウマ君が誰とも付き合う気がないからじゃないかな。あと、女子の間で牽制し合っているから。
だけど、エイダさんの言い分は違った。
「みんな、自分が彼に釣り合わないと分かっているから我慢しているのよ。容姿も成績も家柄も、どれをとても非の打ち所無し。そんな彼の隣につまらない方がいれば、みんな不快に感じるでしょう。例えば、没落した下級貴族の娘とかね」
「──っ!」
没落した下級貴族。それって、まさに私の家のことだよね。
さらに、彼女の言葉は続く。
「噂では、あなたのお父様、お金を集めるためにたくさんの人に頭を下げてまわっているようね。みっともない」
今ならわかる。多分エイダさんは、もう少し前から、私とオウマ君が会ってるのを知ってたんだろう。だけどすぐには動かず、まずは私のことを色々調べていたんだ。私を攻撃するための材料を揃えるために。
「まあ没落以前に、そもそもの成り立ちからして怪しいものですけどね。あなたの家、元々は悪魔祓いをやってたんですって? どんなものか、一度見てみたいものですわね」
悪魔祓いって言葉が出てきたとたん、そばにいる二人がおかしそうに吹き出した。
その悪魔祓いのおかげでオウマ君と接点が出来たんだけど、言ってもきっと信じてもらえないだろう。
それにしても、本当によく調べている。オウマ君だって、我が家の事情は調べていたけど、それは魅了の力をなんとかするっていう、彼の悲願があったからだ。それと同じくらいことを、たかだか牽制のためにやってのけるエイダさん。そんな彼女に、恐ろしいものを感じずにはいられなかった。
そして脇にいる二人も、ここぞとばかりに追い詰めてくる。
「私だったら、とても恥ずかしくて、彼の隣に立つこともできないわね」
「資産と一緒に、恥まで売り渡したのかしら」
私はそれを、ただ黙ったまま聞いていた。だけどそれは、反論できないからでも、恐くて竦んでいるからでもない。
ふつふつと湧き上がってくる怒りを堪えるのに、必死だったからだ。
だって、エイダさんの言っている事はどう考えても理不尽だ。釣り合うとか、隣にいたら恥ずかしいとか、そんなの人にどうこう言われることじゃない。そんな気持ちが、表情に出てしまったんだろう。
「なに? なんか文句でもあるの?」
ある。できることなら、そう大声で叫びたい。
けど下手に逆らったら、どうなるかわからない。
うちの事情も知ってるし、最悪、お父さんのやっている金策の邪魔をしてくることだって有り得るかも。
オウマ君は、エイダさんには魅了の力がかかりすぎて、思いが暴走している状態だって言っていたけど、この一連の行動も、そんな暴走の結果の一つなのかな?
「これでわかったでしょう、アルスターさん。自らの行いを謝り、今後二度とオウマ君に軽々しく近寄らないって約束しなさい。そうすれば、今までのことは全部水に流してさしあげますから」
まるで、それが慈悲であるかのようにエイダさんは言い放つ。一方私はというと、一言も発することができなかった。
意地と怒りと恐怖。それらの思いが混ざりあい、どうすればいいのかわからない。
だけどその時、突如響いた声が、その場の空気を一変させた。
「何やってるんだよ!」
それを聞いて、その場にいた全員が、一斉に顔をむける。
集まった視線の先にあったのは、驚いたように目を見開くオウマ君の姿だった。
「えっと、話って何ですか?」
見当もつかない、なんてことはない。もしかしたらと心当たりはあったけど、自分から言うのも嫌で、知らないふりをする。だけど、何の意味もなかった。
「アルスターさん、でしたよね。最近、あなたとオウマ君との間に妙な噂が流れていること、知っていますか?」
「な、なんでしょう?」
もう一度シラを切ろうとしたけど、すぐさま取り巻き二人が反応した。
「とぼけるのもいい加減にしなさい。このところ、オウマ君がお昼休みになると毎日のように姿を消すのだけれど?」
「あなたと一緒にいるのを見たって噂があるのよ。どういうことなの?」
やっぱりそうか。それまで私が一人でお弁当を食べていた、中庭の隅にある秘密の場所。けど最近は、そこにオウマ君が加わった。
オウマ君とあまり仲良くしすぎたら、よけいな嫉妬を買うのはわかっていた。でもあの場所なら、滅多に人も来ないし、見られる心配もないよね。そう思っていたんだけど、知らないうちに誰かに見られていたらしい。
動揺する私に向かって、彼女達はさらに迫ってくる。
「それって、アナタが無理やり呼び出しているのよね」
「ふぇっ? ち、違うって!」
あれこれ言われているけど、私にだって言い分はある。自分からオウマ君を誘ったわけじゃないし、そもそも、何か悪いことをしているわけでもない。責められる理由なんてないはずだ。
「わ、私は別に、呼び出してなんかいないから。だいいち、それって何かいけない事なの?」
オウマ君は確かにモテるし、狙っている女の子はたくさんいる。けれどだからって、一緒にご飯を食べるのがいけないことだとは思わない。
なにより、オウマ君が自分からやって来てるんだから、それをどうこう言ってくるのはおかしい。
って思ったけど、エイダさん達にとってはそうじゃないみたい。
「その浅はかな考えが、身の程知らずだと言っているのです!」
「──っ!」
それまで黙っていたエイダさんが、ついに声を上げる。その迫力は、取り巻き二人の比じゃなかった。
「オウマ君がこの学校においてどう言う立場か、知らないわけではないでしょう。彼に想いを寄せる子は何人もいて、だけど誰も特別な存在にはならない。その理由が分かりますか」
それは、オウマ君が誰とも付き合う気がないからじゃないかな。あと、女子の間で牽制し合っているから。
だけど、エイダさんの言い分は違った。
「みんな、自分が彼に釣り合わないと分かっているから我慢しているのよ。容姿も成績も家柄も、どれをとても非の打ち所無し。そんな彼の隣につまらない方がいれば、みんな不快に感じるでしょう。例えば、没落した下級貴族の娘とかね」
「──っ!」
没落した下級貴族。それって、まさに私の家のことだよね。
さらに、彼女の言葉は続く。
「噂では、あなたのお父様、お金を集めるためにたくさんの人に頭を下げてまわっているようね。みっともない」
今ならわかる。多分エイダさんは、もう少し前から、私とオウマ君が会ってるのを知ってたんだろう。だけどすぐには動かず、まずは私のことを色々調べていたんだ。私を攻撃するための材料を揃えるために。
「まあ没落以前に、そもそもの成り立ちからして怪しいものですけどね。あなたの家、元々は悪魔祓いをやってたんですって? どんなものか、一度見てみたいものですわね」
悪魔祓いって言葉が出てきたとたん、そばにいる二人がおかしそうに吹き出した。
その悪魔祓いのおかげでオウマ君と接点が出来たんだけど、言ってもきっと信じてもらえないだろう。
それにしても、本当によく調べている。オウマ君だって、我が家の事情は調べていたけど、それは魅了の力をなんとかするっていう、彼の悲願があったからだ。それと同じくらいことを、たかだか牽制のためにやってのけるエイダさん。そんな彼女に、恐ろしいものを感じずにはいられなかった。
そして脇にいる二人も、ここぞとばかりに追い詰めてくる。
「私だったら、とても恥ずかしくて、彼の隣に立つこともできないわね」
「資産と一緒に、恥まで売り渡したのかしら」
私はそれを、ただ黙ったまま聞いていた。だけどそれは、反論できないからでも、恐くて竦んでいるからでもない。
ふつふつと湧き上がってくる怒りを堪えるのに、必死だったからだ。
だって、エイダさんの言っている事はどう考えても理不尽だ。釣り合うとか、隣にいたら恥ずかしいとか、そんなの人にどうこう言われることじゃない。そんな気持ちが、表情に出てしまったんだろう。
「なに? なんか文句でもあるの?」
ある。できることなら、そう大声で叫びたい。
けど下手に逆らったら、どうなるかわからない。
うちの事情も知ってるし、最悪、お父さんのやっている金策の邪魔をしてくることだって有り得るかも。
オウマ君は、エイダさんには魅了の力がかかりすぎて、思いが暴走している状態だって言っていたけど、この一連の行動も、そんな暴走の結果の一つなのかな?
「これでわかったでしょう、アルスターさん。自らの行いを謝り、今後二度とオウマ君に軽々しく近寄らないって約束しなさい。そうすれば、今までのことは全部水に流してさしあげますから」
まるで、それが慈悲であるかのようにエイダさんは言い放つ。一方私はというと、一言も発することができなかった。
意地と怒りと恐怖。それらの思いが混ざりあい、どうすればいいのかわからない。
だけどその時、突如響いた声が、その場の空気を一変させた。
「何やってるんだよ!」
それを聞いて、その場にいた全員が、一斉に顔をむける。
集まった視線の先にあったのは、驚いたように目を見開くオウマ君の姿だった。