モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい

かける言葉

 どうしてだろう。オウマ君に引かれている手が、燃えるように熱く感じる。だけどその疑問に答えを出す前に、彼の手が小刻みに震えていることに気づく。
「オウマ君?」
 名前を呼ばれ、振り返った彼の顔は、びっくりするくらい真っ青になっていた。
「…………ごめん」
「えっ、どうしてオウマ君が謝るの?」
 頭を下げられるけど、私にはその理由が分からない。私がお礼を言うことはあっても、彼が謝ることなんて何もないじゃないの?
「エイダがあんな事になったのは、俺の持ってる魅了の力のせいだ。そのせいでシアンがあんな目にあって、酷いことを言われた。こんな事になるのが嫌で、力を抑える方法を探していたってのに……」
 今のオウマ君からは、さっきまでの怒りの感情はすっかり抜け落ちていて、変わりに激しい後悔が渦巻いているように見えた。
「今までだって、この力が原因でトラブルになったことは何度かあったんだ。人の心を無理やりねじ曲げるんだから、必ずやどこかで無理が出る」
 オウマ君がインキュバスの力を嫌ってるところは、今までにも何度も見た。
 だけど、今まで見たどれよりも、今回が一番その力を嫌悪しているように見えた。
 そして、何を思ったのかこんな事を言い出した。
「力を使う練習に付き合ってもらっているけど、嫌になったらいつでも断っていいから。いや、いっそもうやめた方がいいのかも」
「ちょっと、どうしてそう言うことになるのよ!」
 いくらなんでも、それは話が飛躍しすぎでしょ!
 だけどオウマ君は真剣だった。
「けど俺の近くにいると、きっとまた同じように迷惑がかかると思う。受けなくてもいい嫉妬や、心ない言葉を浴びせられるかもしれない。俺のせいで、シアンがそんな目にあうのは嫌だ」
 そこまで言ったところで、オウマ君はガックリと肩を落とす。
 その姿は、いつもよりとても小さく見えた。それは、少し前まで見せていた怒りとはまた違った意味で、私の知らない彼の姿だった。
 さっき、トラブルになったことは何度かあったって言ってたけど、その度に彼は、こんな風に苦しんでいたのかも。
「俺が近くにいることでシアンの迷惑になるにら、いっそのこと……」

 しだいに声は小さくなっていき、最後の方なんてほとんど聞こえない。だけど多分、もうそばにいない方がいいとか、そういうことを言おうとしてるのは、簡単に想像がついた。
 もちろん私は、オウマ君を責める気なんてない。だけどそれを伝えただけじゃ、きっと納得しないよね。
 こんな時、なんて言えばいいんだろう。
 少しの間迷って、だけどやがて、そんな真面目な考えを振り払う。
 まともな言葉をかけたって、多分この落ち込み用はどうにもならない。なら、いっそのこと思い切りバカな方法でもやってやろう。
「オウマ君、こっち見て」
「えっ?」

 その言葉に、オウマ君は下げていた頭をようやく少しだけ上げる。言っちゃ悪いけど、イケメンが台無しになるくらいの、酷い表情だ。私はそんな彼に向かってゆっくりと両手を伸ばし、そっとその頬に触れた。
「シアン……?」
 どうしてそんなことをするのか、理解できずにいるんだろう。戸惑いの声がもれる。
 その瞬間、頬に触れていた私の両手が、ギューっとそれをつまみ上げた。
「痛たたたっ! な、なにするんだよ!?」
 抗議の声があがるけど、両方のほっぺたを引っ張られながら言っても、迫力なんてちっともなくて、むしろ笑えてくる。
 それを見て軽く吹き出した後、ようやく手を離す。
「ごめんごめん。でも、これでさっきのエイダさん達との事はチャラね」
「はっ!?」
「だから、オウマ君は私に迷惑かけて、私はオウマ君のほっぺたをつねった。これでおあいこ、貸し借りなし!」
「いや、そんな無茶な」
 うん、無茶だよ。そんなの、やる前から分かってる。
 だけどきっと、いくら真面目に慰めたとしても、きっとオウマ君は納得しないよね。
 なら、たとえ無茶でも、どこかで落とし所をつけないと。
「だいたいさ、私が協力するのやめたら、一生魅了の力がついて回るかもしれないんだよ。そんなことになったら、もっとたくさんの人に迷惑かけるじゃない」
「それは……」
「それに、こっちは成功報酬だって期待してるんだよ。今さらそっちの都合でやっぱりキャンセルしますなんて、虫がよすぎない?」
「ごめん……」
 うん。こうして言ってみると、オウマ君の言ってることは、ある意味本当に身勝手だ。元々この依頼だって、彼がどうしてもと頼んできたから受けることになったんだ。頼むと言ったりやめると言ったり、振り回される方はいい迷惑。
 だけど本当は、そんな不満以上に言いたいことがあった。
「それにさ、私が悪く言われたら許さないんでしょ」
「えっ……?」
「さっき、エイダさん達にそう言ってくれたじゃない。もしかして、その場の勢いで深く考えずに言っただけだったの?」
 あれだけハッキリ言っておいて、もしそうならちょっとショックだ。だけどきっと、そうはならないだろうと確信している。
「いや、それは本当だ。もしもまた何か言われたら、すぐに言ってくれ。絶対に、何があっても俺が守るから」
 オウマ君は真っ赤になって首を振り、今までとはうって変わって強い口調で言う。
「でしょ。守ってくれるなら、また何かあったって大丈夫だよ」
「大丈夫って、そんなんでいいのかよ?」
「うん。いいよ」
 オウマ君が私の前に立って庇ってくれた時、それまで感じていた怖さなんて、全て吹き飛ぶような安心感があった。
 それを思い出すと、例えこれから何があっても、大丈夫なような気がした。
「ってわけで、これからも依頼は続けるってことでいい?」
「あ……ああ。シアンがそう言うなら」
 全部が上手くいったとは思えないけど、これでひとまず元通りでいいのかな。いや、まだ一つだけ、言っていない言葉があった。
 頷くオウマ君を見ながら、その言葉を伝える。
「それから、さっきは助けてくれてありがとう。カッコよかったよ」
「なっ────!」
 どうしたんだろう。お礼を言っただけなのに、まるで言葉を失ったように口をパクパクさせながら驚きの表情を見せている。もしかして、カッコよかったなんて言ったのがまずかったのかも。
「ひょっとして、私まで魅了の力にかかったとか思ってない? 違うから。あんな風に助けてくれてくれたら、誰でも普通にカッコいいと思うって」
 もし私まで魅了されたと思ったら、オウマにとっては大層ショックだろう。誤解はしっかり解いておかないと。
「別に、そんな心配なんてしてないよ。ただ、カッコいいなんて初めて言われたから……」
「いやいや、数えきれないくらい言われてるでしょ」
 多分オウマ君の場合、「おはよう」や「こんにちは」と同じくらい言われてると思う。
「魅了の力抜きでは初めてなんだよ。その、だから……こんな時、何て言ったらいいのかわからない」
 顔を赤くしながら言うオウマ君は、カッコいいと言うより、可愛くも見えた。なんだかさっきから、彼の知らない表情を次々と見ているような気がする。
「それに、俺にはシアンの方がカッコいいと思う」
「それってどういう意味?」
 男の子が、女の子相手にカッコいいと言う。それって喜ぶところなのかな?
 疑問に思うけど、オウマ君が話は終わったとばかりに歩き出す。
「それより、早くシアンの家に行って練習するぞ。付き合ってくれるんだろ」
「そうだね。急ごうか」
 私も、足を速めながらその後をついていく。だけど少し歩いたところで、ふとその足を止めた。
「……シアン?」
 不思議に思ったのか、オウマ君も立ち止まってこっちを振り返る。
 もちろん私だって、早く帰って練習に付き合おうって思っている。だけどその前に、どうしても言いたいことがあった。
 本当は、もっと前から言いたいって思ってたけど、今がそれを切り出すいい機会なのかもしれない。
「ねえオウマ君。前にも話したけど、私から生気を吸い取ってみない?」
「なっ──!?」
 まさか、そんなことを言われるとは思わなかったんだろう。
 オウマ君は、目を丸くして私を見つめていた。
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