モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
宙を舞う小石
気がつけば、私達の周りには無数の小石が浮いていた。いや、中にはただ浮かんでいるだけでなく、右に左に飛び回っているものもあった。
「伝承によると、インキュバスは魅了の力だけじゃなく、数多くの魔法を使ったと言われているからな。これも、そんな魔法の一種と考えるのが妥当か。生気を得たことで、無意識のうちに持っている力が発動したのか。なんにせよ興味深い」
その様子を見てホレスが興奮ぎみに分析しているけど、私はそんな呑気なこと言ってる場合じゃないと思った。
何しろ宙を舞う小石達は、徐々にその速度を上げながら辺りを飛び回っている。もしもぶつかったらかなり痛そうで、ハッキリ言って怖かった。
「ねえオウマ君、一旦はやめにしない?」
「そ、そうだな」
生気を吸い取られてもいいとは言ったけど、わざわざケガをしそうなことをする必要はない。
オウマ君も同じことを思ったようで、すぐに頷く。だけどその顔に、徐々に焦りの色が浮かんできた。
「これ、どうやって止めるんだ?」
「ええっ!?」
考えてみれば、元々本人の意思とは関係なく発動した魔法だ。止め方がわからないのも当然かもしれない。
だけど、それはまずい。こうしている間にも、宙に浮いた小石はあちこち辺りを飛び回っていて、今にもぶつかりそう。
すると、それを見ていたホレスが言う。
「こうなったのは、シアンの生気を吸い取ったのがきっかけだろ。とりあえず、繋いでる手を離してみたらどうだ?」
そうか!
ちなみにホレスは、そう言いながら近くの茂みの中へと入っていく。コイツ、一人だけ先に逃げたな。
とはいえ確かに、彼の言うように、手を離せば少しは変わるかも。そう思ったその時だった。
「危ない!」
突如オウマ君が、手を離すどころか、私の体をグッと引き寄せる。するとその直後、飛んできた小石が、顔のすぐそばをかすめた。
「うわっ!」
もしもオウマ君が助けてくれなかったら、間違いなくケガをしていただろう。思わず悲鳴をあげるけど、それがまずかったのかもしれない。
「シアン、大丈夫か!」
オウマ君が、そう叫んだ時だった。まるでそれが引き金になったみたいに、飛び交う小石の速度が、それまでとは比較にならないくらいくらいに速くなる。
それだけじゃない。もっと小さな砂利や落ち葉含めて、辺りにある、ありとあらゆるものが宙を飛んだ。
「ふぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」
まるで、弾丸の雨の中にいるようだった。慌ててオウマ君から手を離すけど、事態は一向に収まらない。
これにはさすがのホレスも、慌てたように叫ぶ。
「おい、大丈夫か! 一度生気を吸い取ったあとだから、手を離してもムダだったみたいだ」
そんな!
このままじゃ、大ケガするかも。
せめてホレスのように身を隠そうと思ったけど、恐怖で体が強ばり、思うように動いてくれない。
するとそんな私を見て、オウマ君が動いた。
離していた手を再び掴むと、そのまま引き寄せ、覆い被さるように私を地面に向かって押し倒した。
「なっ──」
見ようによっては凄い光景だけど、自分が盾になって、私を庇おうとしてるんだ。
でもこれじゃ、オウマ君が危ないよ!
心配していると、こっちに向かって、大きな石が飛んでくる。
それを見て、オウマ君が叫んだ。
「止まれぇぇぇぇっ!」
私も、止まってくれって、心の底から祈った。
その一方で、怖くなって目を閉じる。衝撃が来るのを覚悟する。
だけど────
「……………………?」
いつまで経っても、覚悟していた衝撃が、ちっともやって来ない。
恐る恐る目を開き、私を包んでいたオウマ君の腕から、モゾモゾと顔を出す。
そうして目にしたのは、私達の周りでピタリと動きを止めている小石達だった。
あとわずか。本当にあとわずかでぶつかるっていう、ギリギリの距離。そこで、全ての石は、まるで見えない壁に阻まれたように止まっていた。
「た、助かったの?」
「多分……」
そのとたん、浮いていた小石が、一斉に地面へと落ちる。魔法の効果が切れたんだって、助かったんだって、改めて理解する。
ホッとした気持ち。それに、再び恐怖が込み上げてくる。もしもまともにぶつかっていたら、どうなっていたか。
「ごめん。怖い思いさせて。ケガしてないか?」
「な、なんとか……」
心配そうに訪ねるオウマ君は、いつの間にか人間の姿に戻っていて、その顔は血の気が引いたみたいに真っ青だ。
だけど危なかったのは、私よりもむしろ、盾になろうとしたオウマ君の方だから。
そんな中、ただ一人元気なヤツがいた。ホレスだ。
「いやー、凄かったな。今の飛び方、完全に物理法則を無視してたよ。魔法の力って凄いな。これができたってことは、練習すれば他にも色んな魔法が使えるようになるかも──ぶはっ!」
「喜んでる場合か!」
興奮しながら色々捲し立てているけど、なんだかムカついたから、みぞおちにパンチを一発お見舞いしてやった。こっちは大ケガするかもしれないところだったのに、呑気なもんだ。
「いてて、悪かったよ。でも、おかげで少しは成果があっただろ?」
「成果? そんなのあったっけ?」
ただ怖い思いをしただけのような気がするけど。
オウマ君を見ても、心当たりがないようで、首を傾げている。
「いやいや、思い出してみなよ。最後、すんでの所で全部の石が止まったじゃないか。あれって、力をコントロールできたってことだろ」
言われてみれば、オウマ君はあの時止まれって叫んでいて、実際その通り止まった。
確かにあれは、力をコントロールできたと言っていいのかもしれない。
「あの時は夢中で、どうやったのかも覚えてないですよ。またやれって言われても、できるかどうか」
「それでも、一度もできないのと、たった一回でもできたのじゃ、全然違うと思うぞ。少なくともこれで、力をコントロールできる可能性はゼロじゃないってことが証明されただろ」
「それは、確かに……」
たった一回の成功を、どれだけ喜んでいいのかは分からない。だけどホレスの言う通り、ゼロと一とじゃ、全然違うのかもしれない。
「ちょっとは上手くいったってことでいいじゃない。ただ怖い思いしただけよりも、その方がずっといいよ」
私には難しいことは分からないけど、ポジティブに考えるのは悪いことじゃないよね。
「まあ、そうかもな」
オウマ君も、それを聞いて納得したように頷く。
力を制御する練習をしてからしばらく経つけど、もしかしたら、今日が一番前に進めた日なのかもしれない。
だけど、そんな余韻に浸る間も無く、再びホレスが空気の読めないことを言い出した。
「よし、それじゃ早速、二回目の挑戦をしてみようか。さあシアン、オウマ君に生気を渡すんだ!」
「…………却下」
あんなことがあったばかりだってのに、続けて二回目にチャレンジするのはさすがに疲れるよ。
オウマ君も呆れ顔だ。
「一度に何度も生気を吸い取ると、シアンがもたなくなるかもしれません。それに練習するにしても、できればもう少し危険じゃない方法を探した方がいいです」
「そっか。まあ、いつもよりもずっと有意義な練習になったし、続きは明日にするか。それにどうせなら、もっと色んな魔法を見てみたいしな。確か物置のどこかに、悪魔が使う魔法について書かれた本があったっけ。一晩かけて読んでみよっと。どこに置いたっけかな~」
そんな事を言いながら、ホレスは意気揚々と、私の家の方に歩いていく。色々協力してくれてるけど、やっぱりアイツは自分が楽しみたいだけなんだろうな。
「「──はぁ」」
気がつくと、私とオウマ君は、二人同時にため息をつく。それがなんだかおかしくて、思わず顔を見合わせる。そして、どちらともなく笑いが漏れた。
「怖い思いさせてごめんな」
「いいって。元々危ないのは覚悟してたし、何よりこうして無事だったんだから」
生気を吸われた時は凄く疲れたし、飛び交う石の真ん中にいた時は、本当に怖かった。けれどこうして助かったんだし、おかげで少しは前に進めたんだから、今はチャレンジしてよかったと思ってる。
「伝承によると、インキュバスは魅了の力だけじゃなく、数多くの魔法を使ったと言われているからな。これも、そんな魔法の一種と考えるのが妥当か。生気を得たことで、無意識のうちに持っている力が発動したのか。なんにせよ興味深い」
その様子を見てホレスが興奮ぎみに分析しているけど、私はそんな呑気なこと言ってる場合じゃないと思った。
何しろ宙を舞う小石達は、徐々にその速度を上げながら辺りを飛び回っている。もしもぶつかったらかなり痛そうで、ハッキリ言って怖かった。
「ねえオウマ君、一旦はやめにしない?」
「そ、そうだな」
生気を吸い取られてもいいとは言ったけど、わざわざケガをしそうなことをする必要はない。
オウマ君も同じことを思ったようで、すぐに頷く。だけどその顔に、徐々に焦りの色が浮かんできた。
「これ、どうやって止めるんだ?」
「ええっ!?」
考えてみれば、元々本人の意思とは関係なく発動した魔法だ。止め方がわからないのも当然かもしれない。
だけど、それはまずい。こうしている間にも、宙に浮いた小石はあちこち辺りを飛び回っていて、今にもぶつかりそう。
すると、それを見ていたホレスが言う。
「こうなったのは、シアンの生気を吸い取ったのがきっかけだろ。とりあえず、繋いでる手を離してみたらどうだ?」
そうか!
ちなみにホレスは、そう言いながら近くの茂みの中へと入っていく。コイツ、一人だけ先に逃げたな。
とはいえ確かに、彼の言うように、手を離せば少しは変わるかも。そう思ったその時だった。
「危ない!」
突如オウマ君が、手を離すどころか、私の体をグッと引き寄せる。するとその直後、飛んできた小石が、顔のすぐそばをかすめた。
「うわっ!」
もしもオウマ君が助けてくれなかったら、間違いなくケガをしていただろう。思わず悲鳴をあげるけど、それがまずかったのかもしれない。
「シアン、大丈夫か!」
オウマ君が、そう叫んだ時だった。まるでそれが引き金になったみたいに、飛び交う小石の速度が、それまでとは比較にならないくらいくらいに速くなる。
それだけじゃない。もっと小さな砂利や落ち葉含めて、辺りにある、ありとあらゆるものが宙を飛んだ。
「ふぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」
まるで、弾丸の雨の中にいるようだった。慌ててオウマ君から手を離すけど、事態は一向に収まらない。
これにはさすがのホレスも、慌てたように叫ぶ。
「おい、大丈夫か! 一度生気を吸い取ったあとだから、手を離してもムダだったみたいだ」
そんな!
このままじゃ、大ケガするかも。
せめてホレスのように身を隠そうと思ったけど、恐怖で体が強ばり、思うように動いてくれない。
するとそんな私を見て、オウマ君が動いた。
離していた手を再び掴むと、そのまま引き寄せ、覆い被さるように私を地面に向かって押し倒した。
「なっ──」
見ようによっては凄い光景だけど、自分が盾になって、私を庇おうとしてるんだ。
でもこれじゃ、オウマ君が危ないよ!
心配していると、こっちに向かって、大きな石が飛んでくる。
それを見て、オウマ君が叫んだ。
「止まれぇぇぇぇっ!」
私も、止まってくれって、心の底から祈った。
その一方で、怖くなって目を閉じる。衝撃が来るのを覚悟する。
だけど────
「……………………?」
いつまで経っても、覚悟していた衝撃が、ちっともやって来ない。
恐る恐る目を開き、私を包んでいたオウマ君の腕から、モゾモゾと顔を出す。
そうして目にしたのは、私達の周りでピタリと動きを止めている小石達だった。
あとわずか。本当にあとわずかでぶつかるっていう、ギリギリの距離。そこで、全ての石は、まるで見えない壁に阻まれたように止まっていた。
「た、助かったの?」
「多分……」
そのとたん、浮いていた小石が、一斉に地面へと落ちる。魔法の効果が切れたんだって、助かったんだって、改めて理解する。
ホッとした気持ち。それに、再び恐怖が込み上げてくる。もしもまともにぶつかっていたら、どうなっていたか。
「ごめん。怖い思いさせて。ケガしてないか?」
「な、なんとか……」
心配そうに訪ねるオウマ君は、いつの間にか人間の姿に戻っていて、その顔は血の気が引いたみたいに真っ青だ。
だけど危なかったのは、私よりもむしろ、盾になろうとしたオウマ君の方だから。
そんな中、ただ一人元気なヤツがいた。ホレスだ。
「いやー、凄かったな。今の飛び方、完全に物理法則を無視してたよ。魔法の力って凄いな。これができたってことは、練習すれば他にも色んな魔法が使えるようになるかも──ぶはっ!」
「喜んでる場合か!」
興奮しながら色々捲し立てているけど、なんだかムカついたから、みぞおちにパンチを一発お見舞いしてやった。こっちは大ケガするかもしれないところだったのに、呑気なもんだ。
「いてて、悪かったよ。でも、おかげで少しは成果があっただろ?」
「成果? そんなのあったっけ?」
ただ怖い思いをしただけのような気がするけど。
オウマ君を見ても、心当たりがないようで、首を傾げている。
「いやいや、思い出してみなよ。最後、すんでの所で全部の石が止まったじゃないか。あれって、力をコントロールできたってことだろ」
言われてみれば、オウマ君はあの時止まれって叫んでいて、実際その通り止まった。
確かにあれは、力をコントロールできたと言っていいのかもしれない。
「あの時は夢中で、どうやったのかも覚えてないですよ。またやれって言われても、できるかどうか」
「それでも、一度もできないのと、たった一回でもできたのじゃ、全然違うと思うぞ。少なくともこれで、力をコントロールできる可能性はゼロじゃないってことが証明されただろ」
「それは、確かに……」
たった一回の成功を、どれだけ喜んでいいのかは分からない。だけどホレスの言う通り、ゼロと一とじゃ、全然違うのかもしれない。
「ちょっとは上手くいったってことでいいじゃない。ただ怖い思いしただけよりも、その方がずっといいよ」
私には難しいことは分からないけど、ポジティブに考えるのは悪いことじゃないよね。
「まあ、そうかもな」
オウマ君も、それを聞いて納得したように頷く。
力を制御する練習をしてからしばらく経つけど、もしかしたら、今日が一番前に進めた日なのかもしれない。
だけど、そんな余韻に浸る間も無く、再びホレスが空気の読めないことを言い出した。
「よし、それじゃ早速、二回目の挑戦をしてみようか。さあシアン、オウマ君に生気を渡すんだ!」
「…………却下」
あんなことがあったばかりだってのに、続けて二回目にチャレンジするのはさすがに疲れるよ。
オウマ君も呆れ顔だ。
「一度に何度も生気を吸い取ると、シアンがもたなくなるかもしれません。それに練習するにしても、できればもう少し危険じゃない方法を探した方がいいです」
「そっか。まあ、いつもよりもずっと有意義な練習になったし、続きは明日にするか。それにどうせなら、もっと色んな魔法を見てみたいしな。確か物置のどこかに、悪魔が使う魔法について書かれた本があったっけ。一晩かけて読んでみよっと。どこに置いたっけかな~」
そんな事を言いながら、ホレスは意気揚々と、私の家の方に歩いていく。色々協力してくれてるけど、やっぱりアイツは自分が楽しみたいだけなんだろうな。
「「──はぁ」」
気がつくと、私とオウマ君は、二人同時にため息をつく。それがなんだかおかしくて、思わず顔を見合わせる。そして、どちらともなく笑いが漏れた。
「怖い思いさせてごめんな」
「いいって。元々危ないのは覚悟してたし、何よりこうして無事だったんだから」
生気を吸われた時は凄く疲れたし、飛び交う石の真ん中にいた時は、本当に怖かった。けれどこうして助かったんだし、おかげで少しは前に進めたんだから、今はチャレンジしてよかったと思ってる。