モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい

ピンチと怒り

 謎の男達に取り囲まれ、意識を奪われた私。
 気がついたのは、それからどれくらいたってからだろう。意識が戻った時、私は自分に何が起きていたのか一瞬忘れていた。
 開いた目に映ったのは、見知らぬ室内。と言うより、どうやら倉庫のような場所らしい。
 ろくに使われていないのかガランとしていて、置いてあるものといえば、隅っこにいくつかのガラクタが転がっているだけだ。
 そして私は、手を後ろで縛られた状態で床に寝かされていた。
「なんで? そうだ、私変な奴らに囲まれて、それから……それから、どうなったんだっけ?」
 ようやく、何があったか思い出す。すると、ちょうどそのタイミングで声がした。
「あら、ようやく目が覚めたの。ちょっと薬が強すぎたかしら?」
 その声にハッとするけど、手を縛られているせいで、上手く体を起こすことができない。
 それでもなんとか顔だけを上げ、声の主を見る。するとそこには、見覚えのある顔があった。
「エイダさん……」
 そこにいたのは、エイダ=フェリスさん。そのそばに、いつも彼女について回っている取り巻き二人の姿はない。
 そのかわり、彼女の周りには数人の男達が立っていた。さっき、私をさらった男達だ。
「ちょっと、これってどういうこと? これほどいてよ! その人達だれ?」
 縄で縛られた両手をジタバタと動かしながら叫ぶ。
 どうしてこんな事になったのかは分からない。だけど、どう考えても悪い予感しかしない。
 エイダさんはそんな私を見下ろしながら、愉快そうに笑った。
「そうですわね。まずこの方々の紹介をしましょうか。ご存知かしら? 世の中には報酬しだいでなんでもやる人がいるってことを。例えば、誘拐とかね」
 彼女のフェリス家は、この国でも有数の名家。それが、そんな犯罪者まがいの人達と繋がりがあるなんて、すぐには信じられない。
 だけど実際にこうして拐われているんだから、嫌でも真実だって思い知らされる。
「それじゃあ、これからが本題。どういうことかって言ってたけど、あなた、心当たりはなくて?」
 エイダさんが私にこんなことする心当たり。そんなの、ひとつしかない。
「もしかして、オウマ君と私が付き合ってるって噂のせい? それは誤解なんだって!」
 彼女にこんなことをさせる理由といえば、間違いなくオウマ君のことに違いない。
 だけど、私達が付き合ってるなんて全くの誤解だ。なんとかわかってもらおうとするけど、それで納得してくれるエイダさんじゃなかった。
「黙りなさい! あなたがどんな手を使ったのかは知らないけど、それが噂になったのは事実。そのせいで、私がどれだけ惨めな思いをしたことか!」
 その瞬間、それまで笑っていた彼女の表情が、一気に怒りへと変わる。いや、怨みや憎しみって言った方が近いかもしれない。
 その迫力に身をすくめるけど、エイダさんの言葉は終わらない。
「オウマ君があなたなんかと付き合うわけがありません。だけど、その噂が流れることで、私がどれだけ揶揄されたことか。みんな言っていますのよ。ずっとオウマ君を慕っていたにも関わらず、あなたみたいな格下に取られたって」
「そんな……」
 それこそ、私にとっては全く知らない出来事だ。怨みを向けるなら、そんなことを言った人にしてほしい。
 だけどエイダさんは、本気でそれが私のせいだと思っている。
 オウマ君が言うには、彼女には魅了の力が特別強くかかっているそうだけど、好きって気持ちが暴走すると、こんなことまでしてしまうものなの?
「私をどうするつもりなの? 前に言ってたみたいに、二度とオウマ君に近寄らなければいいの?」
 震える声で尋ねると、エイダさんはまた、勝ち誇ったように笑った。
「そうですね。今まで釘を刺してきた子達なら、この方々に少々脅かしてもらって、それで終わりでした。けど、あなたはこの私に恥をかかせたんですもの。そんなもので済ませられませんわね。さあ、どんな罰を与えましょうか」
 まるで楽しんでいるような様子に、ますます恐怖を感じる。だけどその中に一つだけ、気になる言葉があった。
「今までって、もしかして、私以外にもこんなことしてたって言うの?」
「ええ、そうよ。だって、みんなどうしようもない、身の程知らずのバカばっかりだったんですもの」
 私の言葉をあっさり肯定したエイダさん。そうして口汚い言葉を使うその姿は、普段の彼女の姿からは、想像のつかないものだった。
 だけど彼女からは、そんな言葉が次から次へと飛び出てくる。
「そもそも、地位も教養もろくに無いやつらが、オウマ君に近づくこと自体が間違っているのよ。彼と釣り合うのなんて、私以外にいるはずないのに。今思うと、あの子達ももっと徹底的にやっておいた方がよかったかしらね」
 恐ろしいことを言っているのに、それを語るエイダさんは実に楽しそう。
 自分がこれから何をされるかも怖いけど、こんなエイダさんそのものも怖かった。
 だけどそんな彼女を見て、言っていることを聞いて、恐怖とは違う感情が込み上げてくるのを感じた。
 それは、怒りだ。
「それ、本気で言ってるの? いくらなんでも無茶苦茶じゃない!」
「あなたこそ何を言ってるの? 人にはそれぞれ、分相応な地位や相手がいる。私は、それを忘れて勝手なことをする人に罰を与えているだけですわ」
 まるで、自分にはその権利があるとでも言っているようだった。
 彼女にとって地位や立場というのは絶対で、自分こそがその最上位にいると信じて疑わない。それを無視してでしゃばってくる人達の方が悪だって、本気で思っている。
 そして今も、そんな悪者である私を断罪しようとしている。だけど──
「なによ、それ……」
 彼女の話を聞いて、気持ち悪さを感じずにはいられなかった。込み上げてくる怒りを、抑えることができなかった。
「ふさわしいとか、分相応だとか、そんなのあなたに決める権利なんて無いじゃない!」
「なっ──」
 気がつくと、震えるのも忘れて叫んでいた。
 もちろん、怖さがなくなった訳じゃない。こんなことを言って、余計に怒らせたらどうしようって気持ちもある。それでも、言わずにはいられなかった。
「今自分がやってること、オウマ君に言える? こんなことをしたんだって誇れる? もし出来ないって言うなら、そんなのただの独りよがりじゃない!」
 彼女がこんなにも苛烈な行動に走るのは、元はと言えばオウマ君の魅了の力を強く受けたせい。少なくとも、オウマ君本人はそう思っていて、だからこそ悩んでいた。
 だけどきっと、これは魅了の力のせいだけじゃない。
 好きって気持ちが強ければ、もちろん嫉妬だって出てくると思う。だけど、それで実際に人を傷つけられるかは別の話だ。例えばパティは、私とオウマ君が付き合ってると思って、それでも笑って祝福してくれた。
 エイダさんのように人を見下し、傷つける場面を想像して楽しむ。
 いくら好きって気持ちが強くたって、誰もがこんな風になるとは思えない。思いたくない。
「あなた──」
 それまで笑みを浮かべていたエイダさんに、再び怒が、そして苦痛の表情が浮かんだ。
「もう止めようよ。オウマ君が好きなら、彼に顔向けできないことなんて、していいはずがないじゃない」
 なんとか思い直してほしくて、エイダさんの良心に訴える。
 恐い思いはしたけど、実際に危害を加えられたわけじゃない。もしここで解放してくれるなら、何があったかなんて誰にも言わない。この時は本気でそう思った。
 だけど────
「その物言い、本当に不愉快ですわね。まだわかってないようなら、教えてさしあげますわ。私には、それができるだけの力があるってことを」
 一切の容赦なく、エイダさんはそう言い放った。
「中途半端なことをして、後でオウマ君に泣きつかれると面倒ですからね。二度と彼の前に顔を出せなくなるくらいの、きつーい罰を与えてやりましょう」
 そして、周りの男達に向かって何かを囁く。するとそのとたん、周りの男達が、一斉に私に向かって近づいてきた。
「ちょっ……やめてっ!」
 声あげるけど、こっちは手を縛られ自由のきかない身だ。いとも簡単に、床に押さえつけられてしまう。
「心配しなくても、ちゃんとなかった事にはしますわよ。あなたが何を喚こうと、全部揉み消しますわ。この方達、そういうことにも慣れていますのよ。そもそも何があったかなんて、誰にも言えなくさせてやりますわ」
 エイダさんが勝ち誇ったように言う。だけど、私にはそれをまともに聞く余裕もなかった。
 床に転がったままの私の上に一人が馬乗りになり、 ニタリと下卑た笑み浮かべる。
「やっ──!」
 これから何をされるか、こうなったらさすがに予想がつく。服のボタンが弾け飛び、恐怖と嫌悪感に支配される中、頭の中を一つの言葉が過った。
『何かあったら、絶対助けに行くから』
 それは、かつてオウマ君から告げられたものだった。
 こんな時に、どうしてその言葉を思い出したのかはわからない。それでも、本当にそうなってくれたらと思わずにはいられなかった。彼の名前を、叫ばずにはいられなかった。
「お……オウマ君っ!」
 そう、涙混じりで声をあげたその時だった。
「シアン、無事か!」
 そんな声が聞こえてきて、私の上に乗っていた男が、勢いよく吹き飛んだ。
 そして吹き飛ばされた男の代わりに、別の誰かが視界に入ってくる。
「うそ…………………………?」
 一瞬、幻じゃないかと思った。そこには、たった今私が名を叫んだ人が、助けに来てと願った人が、オウマ君が立っていた。
< 31 / 45 >

この作品をシェア

pagetop