モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい

悪魔の力

 突然現れたオウマ君を見て、エイダさんは呆然としていた。こんなところを見られたんだから、動揺するのも当然だ。
「そんな、どうして……」
 そうしているうちに、オウマ君は私を縛っていた縄をほどいていく。
 だけど困惑してるのは私だって同じだ。さっきまでの恐怖も忘れて、なんでって疑問で頭がいっぱいになる。
「シアンがいつまでたっても帰ってこないから、心配になって探しに来たんだ。俺は、シアンのいる場所ならわかるから」
 そう言われて思い出す。オウマ君は人探しの魔法によって、一度生気を吸い取った人間の居場所を、つまり私の居場所を探知することができることを。
 魔法の練習が、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
 だけど、オウマ君にとっては違ったようだ。
「前にも、エイダ達から呼び出しをくらっただろ。ホレス先輩は、もしもまたそんなことになった時にすぐに駆けつけられるように、この魔法の練習を勧めてたみたいなんだ」
「ホレスが?」
 まさかあのホレスが、そんなところに気を回しているとは思わなかった。
 するとその時、倉庫の入り口から、そのホレスの声が聞こえてきた。
「おーい、シアンはいたか? っていうか、どういう状況なんだ?」
「予想通り、じゃないな。思っていたより、ずっとひどい。なあ、これはいったいどういう事なんだよ!」
 オウマ君の鋭い声が飛び、エイダさんの体が僅かに震える。なんだか学校で彼女に呼び出された時と少し似ているけど、オウマ君の怒りは、その時とは比べものにならないくらい大きい。嫌悪感すら抱いたような目でエイダさんを睨み付ける。
「言ったよな、シアンに手を出したら許さないって」
「ち、違うのよ。これは──」
 駆け寄り、なんとか言おうとするエイダさん。だけどその手が触れた瞬間、オウマ君はそれを乱暴に振り払う。そこには一切の躊躇もなかった。
「言い訳なんてするなよな。それに、俺にもシアンにも、二度と近づくな」
「そんな──」
 とたんにエイダさんが泣きそうになるけれど、オウマ君は彼女を見てもいなかった。私の手を引いて、少しでも早くこの場を去ろうと、倉庫の入り口へと向かう。
 だけどその直後、再びエイダさんの声が倉庫の中に響いた。
「ま、待ちなさい!」
 これには、さすがにオウマ君も足を止め、彼女を見る。
 だけど次のエイダさんの言葉は、私達に向けられたものじゃなかった。
「あなた達何をしてるの! ここにいる全員を取り押さえなさい。一人も逃がさないで!」
 とたんに、今まで棒立ちだった男達が、ハッとしたように動き、私達を取り囲んだ。
 オウマ君は、そんな彼らから私を庇うように前に立ち、エイダさんを睨み付ける。
「お前、今度はいったい何をする気だ」
「心配しないで。私はただ、オウマ君と話をしたいだけよ。少し誤解させてしまったみたいだけど、大丈夫。これからゆっくり話をすれば、きっと私が正しいって分かるはずだから。そういうわけだからあなた達、後の二人はどうなってもいいけど、オウマ君にはケガはさせないで」
 それは、いったいどこまで本気で言ってるのだろう。もしかしたら、後先考えずにヤケになってるだけかもしれない。
 けど周りの男達は、こんな無茶な命令も、しっかり聞こうとしてるみたい。
 それぞれが、戦うようなポーズをとる。
「ホレス先輩、シアンをお願いします」
「ちょっと、オウマ君──」
 オウマ君が私の体をホレスに預け、一歩前に出る。それを見て、彼もやる気なんだとわかった。
 だけど相手は数人、しかも荒事に慣れていそうなやつらだ。まともに戦って何とかなるとは思えない。少なくとも、この時私はそう思っていた。
 だけどオウマ君は僅かに振り返ると、男達には聞こえないくらいの小さな声で囁いた。
「大丈夫。俺は、悪魔インキュバスだ」
 次の瞬間、オウマ君の体が、一瞬にして視界から消える。かと思うと、取り囲んでいた男の一人が、派手に吹っ飛ばされた。
「なっ──!」
 他の男達が驚愕するのを見て、ようやく、オウマ君が相手を殴り飛ばしたんだと気づく。
 そして同時に思い出す。インキュバスは人間よりずっと強い力が出せるということを。
 その力が一番強く発揮されるのはインキュバスの姿になった時だけど、特訓を重ねた今、人間の姿でもある程度の力を出すことができるようになっていた。
「言っておくけど、やるからには手加減できないぞ」
 睨み付けるオウマ君を見て、男達がたじろぐ。
 オウマ君がこんなに強いなんて、思ってもみなかったんだろう。さっきと比べて、明らかに弱腰だ。
 だけど、そこでまたも、エイダさんのヒステリックな声が響く。
「何をしているの。早くやりなさい!」
 その一言で、再び男達に戦意が戻る。
 ターゲットをオウマ君一人に絞ると、それぞれが間合いをとりながら次第に距離を詰めていき、それから一斉に飛びかかっていく。
「くっ──!」
 だけど、そもそものスピードが違いすぎた。奴らの攻撃は決してオウマ君には当たることなく、逆に近づいていった者から順に反撃を受け、一人また一人と、その数を減らしていく。
 まるで大人と子供が戦っているみたいに、力の差は歴然だった。
 かつてオウマ君の先祖は、他国との戦争中に悪魔の力を使って戦ったって聞いていたけど、この光景を見ると納得だ。
 あっという間に、立っている男は残り二人になっていた。
 だけどその様子を見て、隣にいるホレスが焦ったように呟いた。
「これ、まずいかも」
「えっ、なんで?」
 目の前で繰り広げられている光景を見ると、オウマ君の圧勝にしか思えない。だけど、ホレスは険しい顔で言う。
「忘れたのかよ。オウマ君の力は、使う度に体力を大きく奪う。練習の時は事前にシアンから生気を補充していたけど、今はそれもないし、ここに来るまでにも人探しの魔法を相当使ってるんだ」
「じゃあ……」
「どれくらい持つかはわからない。けどもしかしたら、もういつ倒れてもおかしくないかも」
 すると、まるでそれが合図になったかのように、オウマ君の体が大きく揺れた。
 激しく息を切らせながら、ガクリと膝をつく。
「オウマ君!」
 それを見た瞬間、私は彼に向かって駆け寄っていた。体力がもたないなら、その分私の生気を吸い取ればいい。
 だけど、不用意に飛び出したのがいけなかった。
 オウマ君に向かって手を伸ばしたその時、残った男のうちの一人が動いた。
「きゃっ!」
 オウマ君のところにたどり着く直前、男によって乱暴に髪を捕まれる。そして痛みを感じた時には、羽交い締めにされ体の自由を奪われていた。
「シアン!」
 オウマ君が血相変えて叫ぶけど、その直後、再び崩れ落ちるように膝をつく。やっぱり、相当疲れてるんだ。
 そして相手も、その隙を見逃すほど甘くはなかった。残る一人が飛びかかると、力ずくで床に押さえつけた。
「オウマ君!」
 何とかして、私の生気を分けてやりたかった。手さえ触れることができれば、生気を分けてやれるのに。そしたら、こんな奴らに負けることなんてないのに。

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