モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
魅了の力は継続中?
オウマ君が、インキュバスの力を制御できるようになった。それは、彼にとってはもちろん、我がアルスター家にとっても、非常に待ち望んでいたことだった。
なぜならその報酬として、資金援助をしてもらえるから。
その約束通り、あの後オウマ家から我が家に対して正式に資金援助がされ、さらには資産運用のアドバイザーまでつくことになった。
お父さんの事だから、お金が入ってもまたすぐに散財してしまうんじゃないかって不安もあったから、嬉しい限りだ。
そのお父さんはと言うと、天にも登るくらいの浮かれようだった。
「シアン、よくやった。父さんは嬉しいぞ。アルスター家存続を祝して、今日はパーティーだーっ!」
「はいはい。あんまりはしゃぎすぎないでよ」
浮かれすぎて、少し心配になるくらいだ。
ともあれ、そんな誰もが望んだハッピーエンド。
それから数日後。学校の昼休み、私はホレスのいる『歴史研究部』を訪れていた。
「最近、オウマ君やその周りの様子はどうだ? 力が制御できたことで、少しは変わったか?」
オウマ君が力の制御をできるようになってからも、ホレスのインキュバスに対する興味は消えなかった。我が家から借りたオカルト資料を読みあさっているし、今もこうしてオウマ君の近況を聞いてくる。
「まず、エイダさんが突然、大勢の人の前で自分が今までしてきた悪事を暴露したでしょ。おかげで大騒ぎになったよ」
「ああ、それは俺も知ってる。と言うか、直に見物に行った。魔法の力に操られた人間がどうなるか、見届けたかったからな」
エイダさんがそんな奇行に走ったのは、オウマ君が全力で魅了の力をかけ、その上で命令したからだ。ホレスにしてみれば、さぞかし興味深い案件だっただろう。
エイダさんの発言は大きなスキャンダルになり、彼女はその後、体調不良を理由に無期限の休学となった。
少しかわいそうだけど、私以外にも彼女によって酷い目にあわされた子は多いらしいし、どこかで反省する機会は必要だったのかもしれない。
とにかく、エイダさんの話はこれで終わりだ。
「それじゃ、他の女の子達はどうなってる? 」
「うーん、そう言われてもね……」
エイダさんはともかく、それ以外の女の子に関しては、なんとも微妙だった。
「前みたいに熱狂的にアプローチする子は少なくなったけど、カッコいいって言ってる子は、今でもいるんだよね」
少し前までと比べると、オウマ君の人気は確実に落ち着いてきている。とはいえ、決してゼロにはなっていなかった。
「他の子達は、あのエイダってのと違って、いちいち想いを忘れろって命令したわけじゃないんだろ。その子らにしてみたら、今まで魅了されてたって自覚もないし、オウマ君は素でイケメンなんだから、魅了の力を押さえても人気は残るんじゃないのか?」
「ああ、なるほど。でも、本当にそうなのかな?」
ホレスの説明を聞いてある程度納得するけど、それでも私は、どこか不安をぬぐえないでいた。
「ねえ。今さらだけど、オウマ君の魅了の力、本当に制御できるようになったんだよね」
「多分な。オウマ君もそう言ってるし、実際、少しは人気も落ち着いてきてるんだろ。何か、気になることでもあるのか?」
「ううん、念のため聞いてみただけ。それじゃ、もう教室に戻るね」
そう言って、歴史研究部の部室を後にする。だけど、廊下に出て扉を閉めたところで、ふっと大きなため息が漏れた。
「どうしよう……」
今の話を聞いた限りじゃ、ホレスは、オウマ君の持つ魅了の力は制御できるようになったと思っているだろう。そして、それは多分オウマ君本人も同じだ。
だけど私は、私だけは、どうしてもそうだとは思えなかった。
なぜなら──
「じゃあ私は、どうしてオウマ君を見るとドキドキするのさ」
オウマ君が魅了の力を制御できるようになったと思われたあの日以来、なぜか私は、オウマ君を見るとドキドキするようになっていた。
心臓が苦しいから、もしかしたら生気を吸われたせいで体力が落ちてるのかもって思ったけど、そうなるのは、オウマ君を見た時やオウマ君のことを考えた時だけ。こんなの絶対おかしいよ。
考えられるのは、ひとつしかない。
「どうしよう。オウマ君の持ってるインキュバスの力、まだ押さえられてないよ。きっと私、魅了されちゃってる」
オウマ君の魅了の力は私にはきかない。少し前まで、そう思ってた。
だけど今の私の症状は、前に本で読んだような、恋する女の子そのもの。
もちろん、最初のうちは信じられなかった。だって、今まで平気だったんだよ。それにオウマ君も、力の制御はできるようになったって言っていた。
なのに、私だけ魅了されるなんておかしい。
って思ったんだけど、そんなことになる心当たりだってある。
「やっぱりあの時、キス……じゃない。口から生気を渡したのが原因なのかな?」
たくさんの生気を吸われたことで、私の中の魅了の力に対する抵抗力が弱まったのかもしれない。
それに、インキュバスの近くにいる人ほど魅了されるって聞く。口と口を合わせるなんて、近くにいるどころかめちゃめちゃ接触してるんだし、その時魅了にかかったって考えたら納得だ。
このことは、オウマ君に話した方がいいのかもしれない。というか、絶対そうした方がいい。
なにせ我が家は、既にオウマ君の家から、力を制御できるようになった報酬として、多額の資金を受け取っている。だけど、このままじゃ不十分だ。問題有りって知りながら報せもしないないなんて、詐欺同然だ。
そうとわかっていながら、私は未だ、それをホレスにもオウマ君にも言い出せないでいた。
「シアン……シアン……」
「えっ──な、なに?」
急に名前を呼ばれて、ハッとしながら返事をする。そして相手を見た瞬間、思わず息を飲む。
「オ……オウマ君!?」
いつの間に戻ってきたのか、ここは教室。今は人はほとんどいなくて、いるのは私と、目の前のオウマ君だけだった。
「えっと、何か用?」
「いや、別に用ってほどの事じゃないけど、何だかボーッとしてたみたいだし、このままじゃ壁にぶつかりそうだったから、声をかけてみたんだ」
「えっ……私、そんなだった?」
ちっとも気づいていなかったけど、それだけ悩むのに夢中になっていたんだろう。
「どこか体調でも悪いのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけどね……」
そう答えるけど、オウマ君の言ってることは全く的はずれって訳じゃない。こうして話している間も、体が熱く火照ってくるし、心臓がギュっと苦しくなるから。
ああ、やっぱりこれは、魅了の力が効いてるんだろうな。
オウマ君に話すなら、今がチャンスだ。実は、君の魅了の力はまだ残っていて、そのせいで私は苦しくなっている。それを告げるべきだ。
そう、思ったはずなのに……
「何でもないから、心配しないで」
なぜか、言うことができなかった。言わなきゃいけないってわかってるのに、、ごまかして逃げようとしている。
だけど、そのままオウマ君から離れて自分の席につこうとしたところで、再び彼の声が飛んできた。
「ちょっと待って」
声だけじゃない。呼び止めると同時に、伸びてきた腕が私の手を掴む。そのとたん、まるで全身を電気が走ったように、ビクリと体が震えた。
そんな私の反応を見て、オウマ君も目を丸くする。
「あっ、ごめん。いきなりこんなことして、嫌だった?」
「だ、大丈夫。何でもないから……」
本当は、全然大丈夫じゃない。恥ずかしさが一気に溢れてきて、まともに顔を見ることもできなくなり、思わず視線を反らす。
いきなりこんな反応するなんて、絶対変だって思われてるよね。
だけど今はそれを確認するよりも、早くこの場をおさめたかった。長く一緒にいればいるほど、どうすればいいかわからなくなりそうだったから。
だけどオウマ君は、そんな私を見ながら、ひどく不安げな様子で言ってくる。
「本当に、何でもない?」
「えっ?」
「今の……ううん。最近のシアンを見てると、とてもそうとは思えないんだけど。俺のこと、ずっと避けてるよな」
それは、核心をついた一言だった。
なぜならその報酬として、資金援助をしてもらえるから。
その約束通り、あの後オウマ家から我が家に対して正式に資金援助がされ、さらには資産運用のアドバイザーまでつくことになった。
お父さんの事だから、お金が入ってもまたすぐに散財してしまうんじゃないかって不安もあったから、嬉しい限りだ。
そのお父さんはと言うと、天にも登るくらいの浮かれようだった。
「シアン、よくやった。父さんは嬉しいぞ。アルスター家存続を祝して、今日はパーティーだーっ!」
「はいはい。あんまりはしゃぎすぎないでよ」
浮かれすぎて、少し心配になるくらいだ。
ともあれ、そんな誰もが望んだハッピーエンド。
それから数日後。学校の昼休み、私はホレスのいる『歴史研究部』を訪れていた。
「最近、オウマ君やその周りの様子はどうだ? 力が制御できたことで、少しは変わったか?」
オウマ君が力の制御をできるようになってからも、ホレスのインキュバスに対する興味は消えなかった。我が家から借りたオカルト資料を読みあさっているし、今もこうしてオウマ君の近況を聞いてくる。
「まず、エイダさんが突然、大勢の人の前で自分が今までしてきた悪事を暴露したでしょ。おかげで大騒ぎになったよ」
「ああ、それは俺も知ってる。と言うか、直に見物に行った。魔法の力に操られた人間がどうなるか、見届けたかったからな」
エイダさんがそんな奇行に走ったのは、オウマ君が全力で魅了の力をかけ、その上で命令したからだ。ホレスにしてみれば、さぞかし興味深い案件だっただろう。
エイダさんの発言は大きなスキャンダルになり、彼女はその後、体調不良を理由に無期限の休学となった。
少しかわいそうだけど、私以外にも彼女によって酷い目にあわされた子は多いらしいし、どこかで反省する機会は必要だったのかもしれない。
とにかく、エイダさんの話はこれで終わりだ。
「それじゃ、他の女の子達はどうなってる? 」
「うーん、そう言われてもね……」
エイダさんはともかく、それ以外の女の子に関しては、なんとも微妙だった。
「前みたいに熱狂的にアプローチする子は少なくなったけど、カッコいいって言ってる子は、今でもいるんだよね」
少し前までと比べると、オウマ君の人気は確実に落ち着いてきている。とはいえ、決してゼロにはなっていなかった。
「他の子達は、あのエイダってのと違って、いちいち想いを忘れろって命令したわけじゃないんだろ。その子らにしてみたら、今まで魅了されてたって自覚もないし、オウマ君は素でイケメンなんだから、魅了の力を押さえても人気は残るんじゃないのか?」
「ああ、なるほど。でも、本当にそうなのかな?」
ホレスの説明を聞いてある程度納得するけど、それでも私は、どこか不安をぬぐえないでいた。
「ねえ。今さらだけど、オウマ君の魅了の力、本当に制御できるようになったんだよね」
「多分な。オウマ君もそう言ってるし、実際、少しは人気も落ち着いてきてるんだろ。何か、気になることでもあるのか?」
「ううん、念のため聞いてみただけ。それじゃ、もう教室に戻るね」
そう言って、歴史研究部の部室を後にする。だけど、廊下に出て扉を閉めたところで、ふっと大きなため息が漏れた。
「どうしよう……」
今の話を聞いた限りじゃ、ホレスは、オウマ君の持つ魅了の力は制御できるようになったと思っているだろう。そして、それは多分オウマ君本人も同じだ。
だけど私は、私だけは、どうしてもそうだとは思えなかった。
なぜなら──
「じゃあ私は、どうしてオウマ君を見るとドキドキするのさ」
オウマ君が魅了の力を制御できるようになったと思われたあの日以来、なぜか私は、オウマ君を見るとドキドキするようになっていた。
心臓が苦しいから、もしかしたら生気を吸われたせいで体力が落ちてるのかもって思ったけど、そうなるのは、オウマ君を見た時やオウマ君のことを考えた時だけ。こんなの絶対おかしいよ。
考えられるのは、ひとつしかない。
「どうしよう。オウマ君の持ってるインキュバスの力、まだ押さえられてないよ。きっと私、魅了されちゃってる」
オウマ君の魅了の力は私にはきかない。少し前まで、そう思ってた。
だけど今の私の症状は、前に本で読んだような、恋する女の子そのもの。
もちろん、最初のうちは信じられなかった。だって、今まで平気だったんだよ。それにオウマ君も、力の制御はできるようになったって言っていた。
なのに、私だけ魅了されるなんておかしい。
って思ったんだけど、そんなことになる心当たりだってある。
「やっぱりあの時、キス……じゃない。口から生気を渡したのが原因なのかな?」
たくさんの生気を吸われたことで、私の中の魅了の力に対する抵抗力が弱まったのかもしれない。
それに、インキュバスの近くにいる人ほど魅了されるって聞く。口と口を合わせるなんて、近くにいるどころかめちゃめちゃ接触してるんだし、その時魅了にかかったって考えたら納得だ。
このことは、オウマ君に話した方がいいのかもしれない。というか、絶対そうした方がいい。
なにせ我が家は、既にオウマ君の家から、力を制御できるようになった報酬として、多額の資金を受け取っている。だけど、このままじゃ不十分だ。問題有りって知りながら報せもしないないなんて、詐欺同然だ。
そうとわかっていながら、私は未だ、それをホレスにもオウマ君にも言い出せないでいた。
「シアン……シアン……」
「えっ──な、なに?」
急に名前を呼ばれて、ハッとしながら返事をする。そして相手を見た瞬間、思わず息を飲む。
「オ……オウマ君!?」
いつの間に戻ってきたのか、ここは教室。今は人はほとんどいなくて、いるのは私と、目の前のオウマ君だけだった。
「えっと、何か用?」
「いや、別に用ってほどの事じゃないけど、何だかボーッとしてたみたいだし、このままじゃ壁にぶつかりそうだったから、声をかけてみたんだ」
「えっ……私、そんなだった?」
ちっとも気づいていなかったけど、それだけ悩むのに夢中になっていたんだろう。
「どこか体調でも悪いのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけどね……」
そう答えるけど、オウマ君の言ってることは全く的はずれって訳じゃない。こうして話している間も、体が熱く火照ってくるし、心臓がギュっと苦しくなるから。
ああ、やっぱりこれは、魅了の力が効いてるんだろうな。
オウマ君に話すなら、今がチャンスだ。実は、君の魅了の力はまだ残っていて、そのせいで私は苦しくなっている。それを告げるべきだ。
そう、思ったはずなのに……
「何でもないから、心配しないで」
なぜか、言うことができなかった。言わなきゃいけないってわかってるのに、、ごまかして逃げようとしている。
だけど、そのままオウマ君から離れて自分の席につこうとしたところで、再び彼の声が飛んできた。
「ちょっと待って」
声だけじゃない。呼び止めると同時に、伸びてきた腕が私の手を掴む。そのとたん、まるで全身を電気が走ったように、ビクリと体が震えた。
そんな私の反応を見て、オウマ君も目を丸くする。
「あっ、ごめん。いきなりこんなことして、嫌だった?」
「だ、大丈夫。何でもないから……」
本当は、全然大丈夫じゃない。恥ずかしさが一気に溢れてきて、まともに顔を見ることもできなくなり、思わず視線を反らす。
いきなりこんな反応するなんて、絶対変だって思われてるよね。
だけど今はそれを確認するよりも、早くこの場をおさめたかった。長く一緒にいればいるほど、どうすればいいかわからなくなりそうだったから。
だけどオウマ君は、そんな私を見ながら、ひどく不安げな様子で言ってくる。
「本当に、何でもない?」
「えっ?」
「今の……ううん。最近のシアンを見てると、とてもそうとは思えないんだけど。俺のこと、ずっと避けてるよな」
それは、核心をついた一言だった。