モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
ドキドキの理由
魅了の力が完全には抑えられていない。この数日、何度もそれをオウマ君に言おうとして、その度に怖くなってやめた。だけど今、ついにそれを伝えることができた。
なのに、どうにも反応が薄い。もしかして、何のことだかよくわかっていないのかな?
「えっと、もう一度言うけど……オウマ君、魅了の力を抑えられるようになったって思ってるでしょ。だけど本当は、完全に抑えられてるわけじゃないの」
「はぁ……」
もう一度話すけど、相変わらずオウマ君の反応は鈍かった。
「いや、そんなはずないと思うんだけどな。前にも言ったけど、今の俺は、力を制御するだけじゃなく、その流れや強弱だってハッキリわかるようになってるんだ。もしも魅了の力が漏れていたとしたら、すぐに気づくはすだ」
「それは、そうかもしれないけどさ……」
確かにそれを聞くと、私の方が間違いなんじゃって思ってしまう。
だけどそんなはずがない。もしそうだとしたら、どうしても納得のいかないことがあるんだから。だって、だって……
「先に謝っておくから。ごめんね」
「えっ────うわっ!?」
私はオウマ君の体を強引に壁際に押しやると、逃げ道を塞ぐように、その両側に、ドンと腕を突き立てる。
当然、私達の距離は、密着しそうなくらいに近くなった。
「シ……シアン!?」
慌てたように声をあげるオウマ君。だけど落ち着かないのは私も同じだ。
さっきから、心臓がうるさいくらいに音を立てている。やっぱり間違いない。
「あのね、私、オウマ君といると、すっごくドキドキするの。これって、魅了の力のせいじゃないの?」
「魅了って、シアンが? だって、シアンには元々俺の力は通じないはずだろ」
「私も、おかしいとは思ったよ。だけど、現にドキドキしてるんだもの。もしかして、ずっと近くにいたから、知らないうちに少しずつ影響を受けてたのかも」
「そんな……」
ここにきて、ようやくオウマ君の表情が真剣なものに変わっていく。
そりゃそうだ。やっと魅了の力を何とかできたと思ったのに、こんな結果になったんだ。もしかすると、私を魅了させてしまったことに対する罪悪感もあるのかもしれない。
もちろん私は、それで彼を責めようなんて思っちゃいない。むしろ再び悩ませてしまうことを、申し訳ないとすら思ってる。
「今まで黙っていてごめん。今度こそ、魅了の力を抑える方法、ちゃんと見つけるから」
「謝るなよ。元々、俺の力が原因なんだから。そんなこと言われたら、どうすればいいのかわからなくなる。それより、俺の方こそごめん。シアンにかかった魅了、何があっても必ず解くから」
お互いに頭を下げ、それぞれ決意を伝え合う私達。
だけどそんな熱意とは逆に、なんとも脱力感のある声が割って入ってきた。ホレスだ。
「あのー、二人とも。盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっといいか?」
「なに?」
なんだかんだで、今までホレスのアドバイスにはずいぶん助けられてきた。もしかしたら、今回も力になってくれるかもしれない。
そう思っていたのに、彼は実に不思議なことを言い出した。
「さっきから話を聞いてて疑問に思ったんだけどさ、要はシアンがオウマ君相手にドキドキしてるってことだよな。それって、本当に、魅了の力のせいなのか?」
「他に何があるっていうの?」
それ以外の理由なんて、とても思い付かないんだけど。
それはオウマ君も同じみたいで、二人とも、ホレスが何を言いたいのかわからないでいる。すると、それを見たホレスがため息をついた。
「魅了の力関係なく、素でシアンがオウマ君にドキドキしてるだけじゃないのか?」
「はぁ? なんでそんなことになるのよ」
「なんでって言われても困るけど、恋愛ってそういうもんなんじゃねーの?」
いったいホレスは何を言ってるんだろう。恋愛って、それじゃまるで、私がオウマ君に普通に恋をしているみたいじゃない。
…………ん? ちょっと待って。
「ホ、ホレス。あなたまさか、魅了の力関係なしにオウマを好きになっちゃったって言うの!?」
「ああ。今までの話を聞いてると、そんな風に思えるぞ」
あっさり頷くホレスだけど、私はもうほとんどパニックになっていた。
それともう一人。オウマ君もまた、それを聞いて激しく動揺している。
「シ……シアンが、俺のことを好き? 魅了の力なしで? えっ? でも……そ、そうなのか?」
「いや、私だってわからないわよ!」
自慢じゃないけど、生まれてこの方恋とは無縁に生きてきたんだ。いきないそんなこと聞かれてもわからない。
「オウマ君こそ、恋してる女の子ならたくさん見てきてるでしょ。私が恋してるかどうか、見てわからない?」
「無理だって。俺が見てきた恋なんて、全部魅了の力で歪めたものなんだから。ホントの恋なんて知らないよ!」
オウマ君もオウマ君で、とても頼りになりそうにない。そうなると、残っているのはホレスだけだ。
「どうなの、ホレス?」
「どうなんですか、先輩?」
二人して助けを求めるように訪ねると、ホレスはそんな私達を見ながら、もう一度ため息をつく。
「さあ、俺も恋愛については疎いからな。でも、お前達二人を見てると、まだマシな気がしてきたよ。ホントのところはどうなのかなんて、部外者の俺にわかるわけねーだろ。二人で話でもして確かめたらどうだ。インキュバスの力も関係ないみたいだし、邪魔者は退散しておくから」
呆れ顔で言うと、その言葉通りクルリと背を向けて去っていく。
ああ、ホントに行っちゃった。
引き留めようとした手は虚しく空を切り、その場には、私とオウマ君の二人だけが残る。
「えっと……」
お互い顔を見合わせて、だけどなかなか言葉が出てこない。
どうしよう。ホレスは二人で話せばなんて言ってたけど、こんな状態で何を話せばいいかわかんないよ。
だいたい、好きかどうか話し合って確かめるなんて、色々おかしくない? いや、そうなったのは、私の恋愛偏差値が低いのも原因かもしれないけど。
だけど仮に、仮に魅了の力に関係なくオウマ君のことを好きだったとして、それはそれで問題がある。だって──
そこまで考えた私は、ようやく次の言葉を発した。
「な、なんか変な感じになっちゃってごめんね。もしかしたら、最初から全部私の勘違いだったのかも。それじゃ!」
そして、逃げた。クルリと背を向け、返事を聞く間も無く逃げた。話し合いなんて欠片もすることなく、逃げた。
ここで逃げるのかよ、逃げるのこれで二度目だろ、なんてツッコミが聞こえてきそうだけど、しょうがないじゃない。
こんなのキャパオーバーすぎて、どうすればいいかわからないんだもん!
だけど、逃げようにもそう簡単にはいかなかった。
「待って、シアン!」
声が飛び、振り返るとオウマ君が追いかけてくるのが見えた。
「どうして追いかけてくるのよ!」
「シアンこそ、どうしてまた逃げるんだよ!」
まるでさっきの光景を繰り返しているかのような、追いかけっこの第二ラウンド。
だけど第一ラウンドの結果からも、オウマ君の方が断然足が速いのは明らかだった。
当初開いていた私達の距離は、案の定、あっという間に縮まっていき、いとも簡単に腕を捕まれてしまう。
「ごめん。シアンは話したくないのかもしれないけど、俺はこのままじゃ嫌なんだ。シアンの気持ち、ちゃんと知りたい」
真っ直ぐに私を見ながら言ってくるけど、その表情はどこか固い。握ってくる手は熱くて、なのにかすかに震えていた。彼も十分に動揺しているのかもしれない。
それでも、決して目をそらすことなく、もう一度聞いてくる。
「頼む。少しずつでいいから、シアンが俺のことどう思ってるか、聞かせてくれないか」
その瞬間、ドクンと大きく胸が高鳴り、全身が燃えるように熱くなる。もしもこれが、魅了の力関係なしに起こっているのだとしたら、その理由は多分、一つしかないのだろう。
「た、多分……オウマ君のこと、好きなんだと思う」
なのに、どうにも反応が薄い。もしかして、何のことだかよくわかっていないのかな?
「えっと、もう一度言うけど……オウマ君、魅了の力を抑えられるようになったって思ってるでしょ。だけど本当は、完全に抑えられてるわけじゃないの」
「はぁ……」
もう一度話すけど、相変わらずオウマ君の反応は鈍かった。
「いや、そんなはずないと思うんだけどな。前にも言ったけど、今の俺は、力を制御するだけじゃなく、その流れや強弱だってハッキリわかるようになってるんだ。もしも魅了の力が漏れていたとしたら、すぐに気づくはすだ」
「それは、そうかもしれないけどさ……」
確かにそれを聞くと、私の方が間違いなんじゃって思ってしまう。
だけどそんなはずがない。もしそうだとしたら、どうしても納得のいかないことがあるんだから。だって、だって……
「先に謝っておくから。ごめんね」
「えっ────うわっ!?」
私はオウマ君の体を強引に壁際に押しやると、逃げ道を塞ぐように、その両側に、ドンと腕を突き立てる。
当然、私達の距離は、密着しそうなくらいに近くなった。
「シ……シアン!?」
慌てたように声をあげるオウマ君。だけど落ち着かないのは私も同じだ。
さっきから、心臓がうるさいくらいに音を立てている。やっぱり間違いない。
「あのね、私、オウマ君といると、すっごくドキドキするの。これって、魅了の力のせいじゃないの?」
「魅了って、シアンが? だって、シアンには元々俺の力は通じないはずだろ」
「私も、おかしいとは思ったよ。だけど、現にドキドキしてるんだもの。もしかして、ずっと近くにいたから、知らないうちに少しずつ影響を受けてたのかも」
「そんな……」
ここにきて、ようやくオウマ君の表情が真剣なものに変わっていく。
そりゃそうだ。やっと魅了の力を何とかできたと思ったのに、こんな結果になったんだ。もしかすると、私を魅了させてしまったことに対する罪悪感もあるのかもしれない。
もちろん私は、それで彼を責めようなんて思っちゃいない。むしろ再び悩ませてしまうことを、申し訳ないとすら思ってる。
「今まで黙っていてごめん。今度こそ、魅了の力を抑える方法、ちゃんと見つけるから」
「謝るなよ。元々、俺の力が原因なんだから。そんなこと言われたら、どうすればいいのかわからなくなる。それより、俺の方こそごめん。シアンにかかった魅了、何があっても必ず解くから」
お互いに頭を下げ、それぞれ決意を伝え合う私達。
だけどそんな熱意とは逆に、なんとも脱力感のある声が割って入ってきた。ホレスだ。
「あのー、二人とも。盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっといいか?」
「なに?」
なんだかんだで、今までホレスのアドバイスにはずいぶん助けられてきた。もしかしたら、今回も力になってくれるかもしれない。
そう思っていたのに、彼は実に不思議なことを言い出した。
「さっきから話を聞いてて疑問に思ったんだけどさ、要はシアンがオウマ君相手にドキドキしてるってことだよな。それって、本当に、魅了の力のせいなのか?」
「他に何があるっていうの?」
それ以外の理由なんて、とても思い付かないんだけど。
それはオウマ君も同じみたいで、二人とも、ホレスが何を言いたいのかわからないでいる。すると、それを見たホレスがため息をついた。
「魅了の力関係なく、素でシアンがオウマ君にドキドキしてるだけじゃないのか?」
「はぁ? なんでそんなことになるのよ」
「なんでって言われても困るけど、恋愛ってそういうもんなんじゃねーの?」
いったいホレスは何を言ってるんだろう。恋愛って、それじゃまるで、私がオウマ君に普通に恋をしているみたいじゃない。
…………ん? ちょっと待って。
「ホ、ホレス。あなたまさか、魅了の力関係なしにオウマを好きになっちゃったって言うの!?」
「ああ。今までの話を聞いてると、そんな風に思えるぞ」
あっさり頷くホレスだけど、私はもうほとんどパニックになっていた。
それともう一人。オウマ君もまた、それを聞いて激しく動揺している。
「シ……シアンが、俺のことを好き? 魅了の力なしで? えっ? でも……そ、そうなのか?」
「いや、私だってわからないわよ!」
自慢じゃないけど、生まれてこの方恋とは無縁に生きてきたんだ。いきないそんなこと聞かれてもわからない。
「オウマ君こそ、恋してる女の子ならたくさん見てきてるでしょ。私が恋してるかどうか、見てわからない?」
「無理だって。俺が見てきた恋なんて、全部魅了の力で歪めたものなんだから。ホントの恋なんて知らないよ!」
オウマ君もオウマ君で、とても頼りになりそうにない。そうなると、残っているのはホレスだけだ。
「どうなの、ホレス?」
「どうなんですか、先輩?」
二人して助けを求めるように訪ねると、ホレスはそんな私達を見ながら、もう一度ため息をつく。
「さあ、俺も恋愛については疎いからな。でも、お前達二人を見てると、まだマシな気がしてきたよ。ホントのところはどうなのかなんて、部外者の俺にわかるわけねーだろ。二人で話でもして確かめたらどうだ。インキュバスの力も関係ないみたいだし、邪魔者は退散しておくから」
呆れ顔で言うと、その言葉通りクルリと背を向けて去っていく。
ああ、ホントに行っちゃった。
引き留めようとした手は虚しく空を切り、その場には、私とオウマ君の二人だけが残る。
「えっと……」
お互い顔を見合わせて、だけどなかなか言葉が出てこない。
どうしよう。ホレスは二人で話せばなんて言ってたけど、こんな状態で何を話せばいいかわかんないよ。
だいたい、好きかどうか話し合って確かめるなんて、色々おかしくない? いや、そうなったのは、私の恋愛偏差値が低いのも原因かもしれないけど。
だけど仮に、仮に魅了の力に関係なくオウマ君のことを好きだったとして、それはそれで問題がある。だって──
そこまで考えた私は、ようやく次の言葉を発した。
「な、なんか変な感じになっちゃってごめんね。もしかしたら、最初から全部私の勘違いだったのかも。それじゃ!」
そして、逃げた。クルリと背を向け、返事を聞く間も無く逃げた。話し合いなんて欠片もすることなく、逃げた。
ここで逃げるのかよ、逃げるのこれで二度目だろ、なんてツッコミが聞こえてきそうだけど、しょうがないじゃない。
こんなのキャパオーバーすぎて、どうすればいいかわからないんだもん!
だけど、逃げようにもそう簡単にはいかなかった。
「待って、シアン!」
声が飛び、振り返るとオウマ君が追いかけてくるのが見えた。
「どうして追いかけてくるのよ!」
「シアンこそ、どうしてまた逃げるんだよ!」
まるでさっきの光景を繰り返しているかのような、追いかけっこの第二ラウンド。
だけど第一ラウンドの結果からも、オウマ君の方が断然足が速いのは明らかだった。
当初開いていた私達の距離は、案の定、あっという間に縮まっていき、いとも簡単に腕を捕まれてしまう。
「ごめん。シアンは話したくないのかもしれないけど、俺はこのままじゃ嫌なんだ。シアンの気持ち、ちゃんと知りたい」
真っ直ぐに私を見ながら言ってくるけど、その表情はどこか固い。握ってくる手は熱くて、なのにかすかに震えていた。彼も十分に動揺しているのかもしれない。
それでも、決して目をそらすことなく、もう一度聞いてくる。
「頼む。少しずつでいいから、シアンが俺のことどう思ってるか、聞かせてくれないか」
その瞬間、ドクンと大きく胸が高鳴り、全身が燃えるように熱くなる。もしもこれが、魅了の力関係なしに起こっているのだとしたら、その理由は多分、一つしかないのだろう。
「た、多分……オウマ君のこと、好きなんだと思う」