モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
突然の来訪
「──では、本日はこれにて失礼します。急に訪ねてきてお時間をとらせてしまい、申し訳ありません」
「いえ、滅相もありません! くれぐれもよろしくお伝えください!」
オウマ家の使いの方がうちにいたのは、半時程度の短いものだった。お父さんが、全身全霊で声を張り上げながら、去り行く姿を見送っている。
対応はお父さんとレイモンドがしていたから、何を話したのかは知らない。だけどオウマ家と言えば、貴族の中でも名門だ。そんなところがうちに何の用だろう?
私も、同じく席を外していたジェシカも、興味を引かれずにはいられなかった。
と言うわけで、すぐに二人でお父さんに詰め寄り、まずはジェシカが訪ねる。
「オウマ家と言えば、泣く子も黙る名門ではありませんか。そんな方が、どうしてわざわざこんなしがないところに使いをよこしたのですか?」
「しがないって……ジェシカ、言ってることはもっともだけど、できればもう少しオブラートに包んでくれると嬉しいな」
「はっ、申し訳ありません。つい本音が……」
主と使用人でもフランクな会話ができるのが我が家の良いところだ。お父さんはジェシカの言葉に苦笑しながらも、決して怒る事なく話を進める。
「まず言っておくと、今回はただの挨拶みたいなもので、何の用事で来たのかさっぱりわからん。ただ、明日オウマ家のご子息が来られて、改めて詳しい話をされるそうだ」
「ご子息って、エルヴィン=オウマ君のことだよね。明日ここに来るの?」
明日は学校も休みだから、多分それに合わせたんだろうけど、彼がこの家に来るなんて、まるでイメージできなかった。
「ああ、そう言えばシアンと同じ学校だったな。あまりにも住む世界の違う人達だから、すっかり忘れていたよ。もしかして、仲がよかったりするのか?」
「ううん。今日ちょっとだけ話をしたけど、今まで喋った事もなかったよ。この件と私は関係ないんじゃないの?」
それより、お父さんが金策のためにあちこちの貴族や有力者のところに行ってるから、それを知って話を持ちかけてきたんじゃないの? と思ったけど、それを聞いたお父さんは、すぐに首を横に振った。
「いや、あちらが言うには、お前も話の場にいてほしいとの事だ」
「えっ、そうなの? うーん、でも、わざわざうちに来る心当たりなんてないしな……」
私とオウマ君との間で起きた出来事と言えば、ぶつかった事とお弁当をもらった事くらいしかない。
「まさか、やっぱりあのお弁当返してって言うんじゃないよね」
「どういう事だ?」
「それがね…………」
このまま一人で考えていても埒があかない。事情を知らないお父さん達に、今日の昼休みに起きた出来事を、彼とぶつかった結果、とっても豪華なお弁当をもらったことを話す。
それを聞いて、みんなは揃って難しい顔をした。
「なるほど、そんなに豪華な弁当を全て平らげたか。食べ物の恨みは怖いと言うし、返せと言うのも十分あり得る話だ。ちなみに、中身はどんなだった?」
やっぱり、考えられるとしたらそれしかないよね。だったら、おかずの内容もしっかり伝えておいた方がよさそう。
「えっと、まずは分厚いお肉があった」
「おおっ!」
「それから、エビもあった」
「なんと!」
「あと、なんか高そうなお魚も入っていたっけ」
「羨ましい!」
一つ一つあげる度に、お父さんとレイモンドとジェシカが、ローテーションで声をあげていく。そして覚えている全ての料理を言い終えたところで、お父さんが震えながら拳を握りしめた。
「なんて事だ。私がこの三日間食べたものよりもさらに豪華そうじゃないか。これが格差社会というやつか!」
「やっぱり、そんなの作るとなるとたくさんお金もかかるんだろうな。返せって言わせたらどうしよう」
「うちだって、たかが弁当一つ用意できないほど落ちぶれちゃいないぞ。しばらくの間、我々の食事がさらに質素になるだけだ」
今の食費もかなり切り詰めているつもりだけど、それがさらに質素になるのか。それは、相当辛いかもしれない。
だけどそこで、レイモンドが口を挟んできた。
「お待ちください。話を聞くと、元々はあちらの不注意ですし、お弁当だって自らよこしてきたんじゃないですか。それを今頃になって返せと言うのは、あまりに理不尽じゃないですか?」
「うむ、確かにそうだな。そのオウマ家のご子息というのは、そんな身勝手な事を平気で言ってくるような奴なのか?」
そう聞かれて、改めてオウマ君を思い出す。といっても、今日まで接点なんてまるでなかったのだから、彼の人となりなんてほとんど知らないけどね。
それでも、そんな理不尽なことを言ってくるようには見えなかった。
「多分、違うと思う。話してみた感じだと優しそうだったし、ぶつかったこともちゃんと謝ってくれた」
「うーむ、それなら、弁当を返せという話ではないのかもしれんな」
けどそうなると、いよいよどうしてオウマ君が我が家に来るのかわからない。
「そうだ、もしかしたらお前に一目惚れして、交際を申し込もうとしているのかもしれないぞ。大衆向けの娯楽小説にも、そんな身分違いのロマンスがあるだろ」
「お父さん、現実逃避しない」
それなら、弁当を返せっていう方が、よっぽど可能性があるよ。
「相手はイケメンで学校一のモテ男なんだから、可愛い女の子なら選り取りだよ」
「し、しかし万が一ということも……」
「無いから」
夢見がちなお父さんに現実を突きつけると、隣でジェシカが小さく、「まあ、イケメン」と呟いていた。そう言えば彼女の趣味は舞台を見に行くこと、正確には、舞台に出るイケメンを観賞することだったっけ。
「先方の用件次第では、アルスター家存続の危機と言うことも考えられますからね。この屋敷での最後の思い出に、是非ともそのイケメンの顔をこの目に焼き付けないと」
いや、ジェシカ。サラッと我が家を終わりにしないでよ。
だけどそれを聞いて、レイモンドが思い出したように言った。
「そう言えば、妙なことを言っていましたな。確か、お嬢様以外の女性は外してほしいと」
えっ? なんなの、そのよくわからない条件は?
私が首を傾げていると、ジェシカもまた別の意味で困惑していた。
「それじゃ、わたくしはどうすればいいのですか?」
「そうだな、明日は一日休暇ということにしようか。お好きな舞台でも見に行って、たっぷりとイケメンを観賞してきてください」
「そんな、まだ見ぬイケメンが……」
ガックリと膝をついたジェシカは、それはそれは残念そうだった。
それにしても、今日初めて話した私の家に訪ねてくるだの、他の女性を外してくれだの、何の用だかさっぱりわからない。
結局、全ては明日なればわかるだろうということで、今回の話し合いは終了した。
お父さんは、「どうか悪い話ではありませんように」と、両手を組んで祈っていた。
そして、いよいよ迎えた翌日。我が家の前に、それはそれは豪華な馬車が止まった。オウマ家の馬車だ。
私とレイモンド。それにお父さんは、揃って玄関の前に立って出迎えていた。
「ほ……ほほ、本当に来た。いいかシアン、レイモンド、まずは落ち着くんだぞ。とにかく落ち着くんだ。落ち着いた対応さえ心がければ、例えどんなことがあろうと……」
「お父さん、落ち着いて。お願いだから」
隣でこれだけパニックになられると、逆にこっちは冷静になってしまう。
そうしているうちに馬車の戸が開き、中から昨日訪ねてきた使いの人が、そして、オウマ君本人が現れた。
「急な話にも関わらず時間をとっていただき、ありがとうございます」
学校で話した時とは違って、畏まった口調で、お父さんに挨拶をするオウマ君。
服装も、普段学校で見ている制服でなく私服で、それも一目で上質なものとわかる。パティやファンの子が見たら、声をあげるそう。
「いえ、滅相もございません! このような場所にお越しくださって、恐悦至極に存じます!」
「は、はぁ……」
お父さん、だから落ち着きなって。オウマ君、少し引いちゃってるじゃない。
とにかく、それから二人を家の中の応接室へと通して、大急ぎで用意したお高い紅茶を私が淹れる。ジェシカが休みをとっているから、私以外に淹れられる人がいないのだ。
「どうぞ」
「ありがとう。同席してくれって頼んではいたけど、予定とかなかったか?」
「大丈夫。気にしないで」
クラスメイトという距離感からか、お父さん相手とは違って、普段通りの口調になるオウマ君。私もその方が楽だ。
一方お父さんはと言うと……
「そ、それで……ほ、本日はどう言ったご用件でしょうか?」
今なお、娘の同級生相手にガチガチに緊張していた。
とはいえ、私だって緊張はしている。オウマ君はいったいこれから何を言うのか、静かに彼の言葉を待つ。
そして、ほんの少しの間を置いた後、オウマ君は言う。
「アルスターさん。あなた方を、高名な悪魔祓いと見込んでお願いがあります」
…………は? 今なんと?
「いえ、滅相もありません! くれぐれもよろしくお伝えください!」
オウマ家の使いの方がうちにいたのは、半時程度の短いものだった。お父さんが、全身全霊で声を張り上げながら、去り行く姿を見送っている。
対応はお父さんとレイモンドがしていたから、何を話したのかは知らない。だけどオウマ家と言えば、貴族の中でも名門だ。そんなところがうちに何の用だろう?
私も、同じく席を外していたジェシカも、興味を引かれずにはいられなかった。
と言うわけで、すぐに二人でお父さんに詰め寄り、まずはジェシカが訪ねる。
「オウマ家と言えば、泣く子も黙る名門ではありませんか。そんな方が、どうしてわざわざこんなしがないところに使いをよこしたのですか?」
「しがないって……ジェシカ、言ってることはもっともだけど、できればもう少しオブラートに包んでくれると嬉しいな」
「はっ、申し訳ありません。つい本音が……」
主と使用人でもフランクな会話ができるのが我が家の良いところだ。お父さんはジェシカの言葉に苦笑しながらも、決して怒る事なく話を進める。
「まず言っておくと、今回はただの挨拶みたいなもので、何の用事で来たのかさっぱりわからん。ただ、明日オウマ家のご子息が来られて、改めて詳しい話をされるそうだ」
「ご子息って、エルヴィン=オウマ君のことだよね。明日ここに来るの?」
明日は学校も休みだから、多分それに合わせたんだろうけど、彼がこの家に来るなんて、まるでイメージできなかった。
「ああ、そう言えばシアンと同じ学校だったな。あまりにも住む世界の違う人達だから、すっかり忘れていたよ。もしかして、仲がよかったりするのか?」
「ううん。今日ちょっとだけ話をしたけど、今まで喋った事もなかったよ。この件と私は関係ないんじゃないの?」
それより、お父さんが金策のためにあちこちの貴族や有力者のところに行ってるから、それを知って話を持ちかけてきたんじゃないの? と思ったけど、それを聞いたお父さんは、すぐに首を横に振った。
「いや、あちらが言うには、お前も話の場にいてほしいとの事だ」
「えっ、そうなの? うーん、でも、わざわざうちに来る心当たりなんてないしな……」
私とオウマ君との間で起きた出来事と言えば、ぶつかった事とお弁当をもらった事くらいしかない。
「まさか、やっぱりあのお弁当返してって言うんじゃないよね」
「どういう事だ?」
「それがね…………」
このまま一人で考えていても埒があかない。事情を知らないお父さん達に、今日の昼休みに起きた出来事を、彼とぶつかった結果、とっても豪華なお弁当をもらったことを話す。
それを聞いて、みんなは揃って難しい顔をした。
「なるほど、そんなに豪華な弁当を全て平らげたか。食べ物の恨みは怖いと言うし、返せと言うのも十分あり得る話だ。ちなみに、中身はどんなだった?」
やっぱり、考えられるとしたらそれしかないよね。だったら、おかずの内容もしっかり伝えておいた方がよさそう。
「えっと、まずは分厚いお肉があった」
「おおっ!」
「それから、エビもあった」
「なんと!」
「あと、なんか高そうなお魚も入っていたっけ」
「羨ましい!」
一つ一つあげる度に、お父さんとレイモンドとジェシカが、ローテーションで声をあげていく。そして覚えている全ての料理を言い終えたところで、お父さんが震えながら拳を握りしめた。
「なんて事だ。私がこの三日間食べたものよりもさらに豪華そうじゃないか。これが格差社会というやつか!」
「やっぱり、そんなの作るとなるとたくさんお金もかかるんだろうな。返せって言わせたらどうしよう」
「うちだって、たかが弁当一つ用意できないほど落ちぶれちゃいないぞ。しばらくの間、我々の食事がさらに質素になるだけだ」
今の食費もかなり切り詰めているつもりだけど、それがさらに質素になるのか。それは、相当辛いかもしれない。
だけどそこで、レイモンドが口を挟んできた。
「お待ちください。話を聞くと、元々はあちらの不注意ですし、お弁当だって自らよこしてきたんじゃないですか。それを今頃になって返せと言うのは、あまりに理不尽じゃないですか?」
「うむ、確かにそうだな。そのオウマ家のご子息というのは、そんな身勝手な事を平気で言ってくるような奴なのか?」
そう聞かれて、改めてオウマ君を思い出す。といっても、今日まで接点なんてまるでなかったのだから、彼の人となりなんてほとんど知らないけどね。
それでも、そんな理不尽なことを言ってくるようには見えなかった。
「多分、違うと思う。話してみた感じだと優しそうだったし、ぶつかったこともちゃんと謝ってくれた」
「うーむ、それなら、弁当を返せという話ではないのかもしれんな」
けどそうなると、いよいよどうしてオウマ君が我が家に来るのかわからない。
「そうだ、もしかしたらお前に一目惚れして、交際を申し込もうとしているのかもしれないぞ。大衆向けの娯楽小説にも、そんな身分違いのロマンスがあるだろ」
「お父さん、現実逃避しない」
それなら、弁当を返せっていう方が、よっぽど可能性があるよ。
「相手はイケメンで学校一のモテ男なんだから、可愛い女の子なら選り取りだよ」
「し、しかし万が一ということも……」
「無いから」
夢見がちなお父さんに現実を突きつけると、隣でジェシカが小さく、「まあ、イケメン」と呟いていた。そう言えば彼女の趣味は舞台を見に行くこと、正確には、舞台に出るイケメンを観賞することだったっけ。
「先方の用件次第では、アルスター家存続の危機と言うことも考えられますからね。この屋敷での最後の思い出に、是非ともそのイケメンの顔をこの目に焼き付けないと」
いや、ジェシカ。サラッと我が家を終わりにしないでよ。
だけどそれを聞いて、レイモンドが思い出したように言った。
「そう言えば、妙なことを言っていましたな。確か、お嬢様以外の女性は外してほしいと」
えっ? なんなの、そのよくわからない条件は?
私が首を傾げていると、ジェシカもまた別の意味で困惑していた。
「それじゃ、わたくしはどうすればいいのですか?」
「そうだな、明日は一日休暇ということにしようか。お好きな舞台でも見に行って、たっぷりとイケメンを観賞してきてください」
「そんな、まだ見ぬイケメンが……」
ガックリと膝をついたジェシカは、それはそれは残念そうだった。
それにしても、今日初めて話した私の家に訪ねてくるだの、他の女性を外してくれだの、何の用だかさっぱりわからない。
結局、全ては明日なればわかるだろうということで、今回の話し合いは終了した。
お父さんは、「どうか悪い話ではありませんように」と、両手を組んで祈っていた。
そして、いよいよ迎えた翌日。我が家の前に、それはそれは豪華な馬車が止まった。オウマ家の馬車だ。
私とレイモンド。それにお父さんは、揃って玄関の前に立って出迎えていた。
「ほ……ほほ、本当に来た。いいかシアン、レイモンド、まずは落ち着くんだぞ。とにかく落ち着くんだ。落ち着いた対応さえ心がければ、例えどんなことがあろうと……」
「お父さん、落ち着いて。お願いだから」
隣でこれだけパニックになられると、逆にこっちは冷静になってしまう。
そうしているうちに馬車の戸が開き、中から昨日訪ねてきた使いの人が、そして、オウマ君本人が現れた。
「急な話にも関わらず時間をとっていただき、ありがとうございます」
学校で話した時とは違って、畏まった口調で、お父さんに挨拶をするオウマ君。
服装も、普段学校で見ている制服でなく私服で、それも一目で上質なものとわかる。パティやファンの子が見たら、声をあげるそう。
「いえ、滅相もございません! このような場所にお越しくださって、恐悦至極に存じます!」
「は、はぁ……」
お父さん、だから落ち着きなって。オウマ君、少し引いちゃってるじゃない。
とにかく、それから二人を家の中の応接室へと通して、大急ぎで用意したお高い紅茶を私が淹れる。ジェシカが休みをとっているから、私以外に淹れられる人がいないのだ。
「どうぞ」
「ありがとう。同席してくれって頼んではいたけど、予定とかなかったか?」
「大丈夫。気にしないで」
クラスメイトという距離感からか、お父さん相手とは違って、普段通りの口調になるオウマ君。私もその方が楽だ。
一方お父さんはと言うと……
「そ、それで……ほ、本日はどう言ったご用件でしょうか?」
今なお、娘の同級生相手にガチガチに緊張していた。
とはいえ、私だって緊張はしている。オウマ君はいったいこれから何を言うのか、静かに彼の言葉を待つ。
そして、ほんの少しの間を置いた後、オウマ君は言う。
「アルスターさん。あなた方を、高名な悪魔祓いと見込んでお願いがあります」
…………は? 今なんと?