モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
実在した悪魔
オウマ君が必死そうにしてるのは何となくわかるけど、そもそも悪魔の存在を信じていない私達。
どう取り合っていいか、さっぱりわからない。
「悪魔が実在するのなら、見たって人も沢山いるでしょうし、何か事件でも起こして騒ぎになっているんじゃないですか?」
頭を抱えるオウマ君に、お父さんが質問する。
そりゃ昔は、悪魔が起こした事件ってのもあったって記録されてるけど、何百年も前のことだからどうにも胡散臭い。
今の世の中だとそんな話は滅多に聞かないし、やっぱり悪魔なんていないんじゃないかな?
だけどオウマ君は、それに対してこう答えた。
「それは、悪魔達が人間との戦いに疲れたからです。かつては悪魔祓いをはじめとする人間達と争ってきた悪魔ですが、いつまでも戦いを続けても不毛だと考える者が出てきました。そんな彼らは、人間の社会に溶け込むことに決めたのです」
うーん。なんだか話が大きくなってきたような気がするんだけど。
そんな私の思いをよそに、オウマ君の話はまだ続く。
「ほとんどの悪魔は、自分が悪魔であることを隠し、人間として生きる事を決めました。そして一部の者は、自らの持つ悪魔の力を使って国や有力者の役に立つ代わりに、貴族の地位を得ることができました。オウマ家も、元はそうやって地位を得た悪魔でした。かつてこの国が隣国との戦争を繰り返していた頃、先祖はその力を駆使して、騎士として武勲を立てたと伝えられています」
「武勲、ですか」
「はい。インキュバスは、吸い取った生気を自分の力に変えることのできる悪魔です。高い身体能力、不思議な魔法。それに、魅了した相手を自在に操ることもできたと聞いています。子孫である俺にはそこまでの力はありませんが、それらは戦いにおいて有利だったのでしょう。その力を使って、陰ながらこの国を守っていたそうです」
オウマ君の話はそこまで話すと、小さく息をつく。
けどやっぱり、こっちとしては、そう言われてもねって感じだ。
悪魔が正体を隠して人間に混じったり、その力を使って活躍したり、オウマ君がその子孫だったり、こんなのすぐに信じろって方が無茶だよ。
っていうか、正直なところ、こう思う。
「オウマ君、やっぱり中二病なんじゃ……」
「だから、違うって言ってるだろ!」
「いや、でも……」
信じられないのは、私だけじゃない。お父さんたちも、似たようなものみたい。
「し、しかしですね、いくら仰られても、そう簡単に受け入れられるものではありません。失礼ながら、何か今の話を証明できるようなものでもありませんか?」
「はぁ──分かりました。俺が悪魔だって証拠を見せればいいんですね」
えっ、証拠なんてあるの?
だけど、ちょっとやそっとじゃ今の話を信じようなんて思えない。いったい何を見せてくれるのだろう。
そう思っていると、オウマ君は何を思ったのか、右手を上げて私達の前につき出した。
「では、これから起こることをよく見ていてください」
すると、つき出されたその手の甲に、紫色の、シミのような模様があることに気づく。
(さっきまでこんなものあったっけ?)
一瞬そう思ったけど、そんな疑問はすぐに、目の前で起こる更なる異常によって塗りつぶされることになる。
ついさっき気づいた、紫色の小さなシミ。それがまるで、生き物のようにオウマ君の手の中を動き始めた。
「なに……これ……?」
驚く私の目の前で、いつの間にか紫色のシミはさらに形を変え、だんだんと大きさを増していった。そして最初はほんの小さなものだったそれは、いつしか手だけではなく、腕全体を覆うまでに広がっていった。
こんなことになって大丈夫なの? 不安になってオウマ君の顔を見上げたけれど、そこで私は更に息を飲む。
「────っ!」
今まで腕ばかり見ていて気づかなかったけど、オウマ君に起きている変化はそれだけじゃなかった。
いつからこうなっていたんだろう。彼の頭の上には、山羊の頭にあるような、丸まった角が生え、背中には小さな蝙蝠のような羽が出現していた。
声もなく驚いている間に、オウマ君の体は、全身が紫色に染まっていふ。顔の形そのものはいつものオウマ君だけど、もはや異形と言っていいくらいの変わりぶりだ。
(これが、悪魔……)
今までこれっぽっちも信じていなかったけど、こんなのを見せられたら、否定できなくなる。
お父さんやレイモンドはどうだろう。そう思ったところで、その二人が同時に悲鳴をあげた。
「「ヒィィィィッ!」」
二人は揃って腰を抜かしながら、身を寄せ合ってガタガタと震えた。
「レ、レ、レイモンドー、助けてくれーーーっ!」
「ムリムリムリムリ! 恐いーっ!」
「「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
ええい、うるさい!
隣でこうも騒がれると、私は逆にちょっぴり冷静になってくるよ。
それから、どれくらいの間が経っただろう。
もはや悲鳴すらあげられないくらいに疲れきった、お父さんとレイモンド。それに私を見て、オウマ君は軽く息をつく。
するとそのとたん、悪魔となった彼の体が、少しずつ元の人間のものへと戻っていく。頭に生えた角が消え、紫色の皮膚が元の色に変わる。まるで、今までの光景が全て夢のようだった。
「今見せたのが、悪魔インキュバスとしての俺の姿です。これで、今までの話も少しは信じてくれましたか?」
そう言われて、ハッとしたように我に帰る。そして次の瞬間、お父さんが真っ先に声をあげた。
「信じます! 信じますとも! 今まで中二病だと思っていてすみませんでした!」
やっぱりお父さんも中二病だと思ってたんだ。だけど目の前であんなものを見せられたら、もう信じるしかない。
レイモンドも、それに続いてコクコクと激しく頭を揺らしては頷いている。
そして、彼の話を信じたのは私も同じだ。
「えっと……正直なところまだ全然頭の理解が追いついていないし、混乱してるけど、それでもオウマ君の言っていることが本当だってのは分かった」
「そうか、よかった」
信じると言われてオウマ君もホッとしたみたい。ついさっきまで、みんなカケラも信じてなかったからね。
けれど、大事なのはこれかだった。
「これで、ようやく依頼の話を進められる」
「えっ。依頼って、まだやるつもりだったの?」
「もちろん。さっきも言ったけど、今日俺がここに来たのは、アルスター家を悪魔祓いの名家と見込んだからだ。さっき見せた悪魔の姿と力だけと、俺は今、それを制御する方法を探しているんだ」
いやいやいや、ちょっと待って。まさかとは思うけどオウマ君。今までの私達の体たらくを見ておきながら、まだ悪魔祓い的な何かを求めてるっていうの?
そう思ったのは、どうやら私だけではないようだ。
「あの、本当にこの方達に任せて大丈夫なのでしょうか?」
これまであまり喋らなかったオウマ君のお付きの人が、そんなことを言い出した。
はい。私も大丈夫じゃないと思います。
そしてお父さんも、耐えられなくなったように声をあげて訴える。
「無理ですよ。あなたの言うことは信じましたし、我がアルスター家の先祖は悪魔祓いだったかもしれません。ですが私達は、今日の今日までオカルト的なものは何一つ信じてなかったド素人ですよ」
そうだよね。今まで胡散臭いとかホラ吹きとか言ってたご先祖様には、後でしっかり謝まろう。
オウマ君には悪いけど、こんな私達が何かの役にたつとは思えない。それでもなお頼もうと言うのなら、正気を疑うよ。
そう思ったんだけどね──
「ですが、俺にはもうあなた達以外に頼れる人がいないんです!」
どうやら、オウマ君は正気ではなかったみたいだ。
「いやいや、むしろどうして私達なら頼れると思うのですか? さっきまでの我々のビビリっぷりを見てたでしょ。それに悪魔祓いなんて、どうやっていいかまるで知りません!」
「だから、祓ってもらんうんじゃなくて、インキュバスの力を抑える方法を探してほしいんです。直接は知らなくても、先祖の残した資料か何かありませんか?」
「あっても無理です。だって怖いし、金策だってしなきゃいけないし、そんなことやる度胸も時間もありません!」
必死で断ろうとするお父さんと、それでもなお頼もうとするオウマ君。両者共に、必死でそれぞれの言い分を捲し立てるけど、その終わりは実に意外な形でやって来た。
「とにかく、無理なものは無理……なん……で……す…………」
突然、お父さんの声から力が抜け、その体がグラリと揺れる。
「お父さん!」
声を上げる私の目の前で、お父さんは床の上へと倒れ込んだ。
どう取り合っていいか、さっぱりわからない。
「悪魔が実在するのなら、見たって人も沢山いるでしょうし、何か事件でも起こして騒ぎになっているんじゃないですか?」
頭を抱えるオウマ君に、お父さんが質問する。
そりゃ昔は、悪魔が起こした事件ってのもあったって記録されてるけど、何百年も前のことだからどうにも胡散臭い。
今の世の中だとそんな話は滅多に聞かないし、やっぱり悪魔なんていないんじゃないかな?
だけどオウマ君は、それに対してこう答えた。
「それは、悪魔達が人間との戦いに疲れたからです。かつては悪魔祓いをはじめとする人間達と争ってきた悪魔ですが、いつまでも戦いを続けても不毛だと考える者が出てきました。そんな彼らは、人間の社会に溶け込むことに決めたのです」
うーん。なんだか話が大きくなってきたような気がするんだけど。
そんな私の思いをよそに、オウマ君の話はまだ続く。
「ほとんどの悪魔は、自分が悪魔であることを隠し、人間として生きる事を決めました。そして一部の者は、自らの持つ悪魔の力を使って国や有力者の役に立つ代わりに、貴族の地位を得ることができました。オウマ家も、元はそうやって地位を得た悪魔でした。かつてこの国が隣国との戦争を繰り返していた頃、先祖はその力を駆使して、騎士として武勲を立てたと伝えられています」
「武勲、ですか」
「はい。インキュバスは、吸い取った生気を自分の力に変えることのできる悪魔です。高い身体能力、不思議な魔法。それに、魅了した相手を自在に操ることもできたと聞いています。子孫である俺にはそこまでの力はありませんが、それらは戦いにおいて有利だったのでしょう。その力を使って、陰ながらこの国を守っていたそうです」
オウマ君の話はそこまで話すと、小さく息をつく。
けどやっぱり、こっちとしては、そう言われてもねって感じだ。
悪魔が正体を隠して人間に混じったり、その力を使って活躍したり、オウマ君がその子孫だったり、こんなのすぐに信じろって方が無茶だよ。
っていうか、正直なところ、こう思う。
「オウマ君、やっぱり中二病なんじゃ……」
「だから、違うって言ってるだろ!」
「いや、でも……」
信じられないのは、私だけじゃない。お父さんたちも、似たようなものみたい。
「し、しかしですね、いくら仰られても、そう簡単に受け入れられるものではありません。失礼ながら、何か今の話を証明できるようなものでもありませんか?」
「はぁ──分かりました。俺が悪魔だって証拠を見せればいいんですね」
えっ、証拠なんてあるの?
だけど、ちょっとやそっとじゃ今の話を信じようなんて思えない。いったい何を見せてくれるのだろう。
そう思っていると、オウマ君は何を思ったのか、右手を上げて私達の前につき出した。
「では、これから起こることをよく見ていてください」
すると、つき出されたその手の甲に、紫色の、シミのような模様があることに気づく。
(さっきまでこんなものあったっけ?)
一瞬そう思ったけど、そんな疑問はすぐに、目の前で起こる更なる異常によって塗りつぶされることになる。
ついさっき気づいた、紫色の小さなシミ。それがまるで、生き物のようにオウマ君の手の中を動き始めた。
「なに……これ……?」
驚く私の目の前で、いつの間にか紫色のシミはさらに形を変え、だんだんと大きさを増していった。そして最初はほんの小さなものだったそれは、いつしか手だけではなく、腕全体を覆うまでに広がっていった。
こんなことになって大丈夫なの? 不安になってオウマ君の顔を見上げたけれど、そこで私は更に息を飲む。
「────っ!」
今まで腕ばかり見ていて気づかなかったけど、オウマ君に起きている変化はそれだけじゃなかった。
いつからこうなっていたんだろう。彼の頭の上には、山羊の頭にあるような、丸まった角が生え、背中には小さな蝙蝠のような羽が出現していた。
声もなく驚いている間に、オウマ君の体は、全身が紫色に染まっていふ。顔の形そのものはいつものオウマ君だけど、もはや異形と言っていいくらいの変わりぶりだ。
(これが、悪魔……)
今までこれっぽっちも信じていなかったけど、こんなのを見せられたら、否定できなくなる。
お父さんやレイモンドはどうだろう。そう思ったところで、その二人が同時に悲鳴をあげた。
「「ヒィィィィッ!」」
二人は揃って腰を抜かしながら、身を寄せ合ってガタガタと震えた。
「レ、レ、レイモンドー、助けてくれーーーっ!」
「ムリムリムリムリ! 恐いーっ!」
「「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
ええい、うるさい!
隣でこうも騒がれると、私は逆にちょっぴり冷静になってくるよ。
それから、どれくらいの間が経っただろう。
もはや悲鳴すらあげられないくらいに疲れきった、お父さんとレイモンド。それに私を見て、オウマ君は軽く息をつく。
するとそのとたん、悪魔となった彼の体が、少しずつ元の人間のものへと戻っていく。頭に生えた角が消え、紫色の皮膚が元の色に変わる。まるで、今までの光景が全て夢のようだった。
「今見せたのが、悪魔インキュバスとしての俺の姿です。これで、今までの話も少しは信じてくれましたか?」
そう言われて、ハッとしたように我に帰る。そして次の瞬間、お父さんが真っ先に声をあげた。
「信じます! 信じますとも! 今まで中二病だと思っていてすみませんでした!」
やっぱりお父さんも中二病だと思ってたんだ。だけど目の前であんなものを見せられたら、もう信じるしかない。
レイモンドも、それに続いてコクコクと激しく頭を揺らしては頷いている。
そして、彼の話を信じたのは私も同じだ。
「えっと……正直なところまだ全然頭の理解が追いついていないし、混乱してるけど、それでもオウマ君の言っていることが本当だってのは分かった」
「そうか、よかった」
信じると言われてオウマ君もホッとしたみたい。ついさっきまで、みんなカケラも信じてなかったからね。
けれど、大事なのはこれかだった。
「これで、ようやく依頼の話を進められる」
「えっ。依頼って、まだやるつもりだったの?」
「もちろん。さっきも言ったけど、今日俺がここに来たのは、アルスター家を悪魔祓いの名家と見込んだからだ。さっき見せた悪魔の姿と力だけと、俺は今、それを制御する方法を探しているんだ」
いやいやいや、ちょっと待って。まさかとは思うけどオウマ君。今までの私達の体たらくを見ておきながら、まだ悪魔祓い的な何かを求めてるっていうの?
そう思ったのは、どうやら私だけではないようだ。
「あの、本当にこの方達に任せて大丈夫なのでしょうか?」
これまであまり喋らなかったオウマ君のお付きの人が、そんなことを言い出した。
はい。私も大丈夫じゃないと思います。
そしてお父さんも、耐えられなくなったように声をあげて訴える。
「無理ですよ。あなたの言うことは信じましたし、我がアルスター家の先祖は悪魔祓いだったかもしれません。ですが私達は、今日の今日までオカルト的なものは何一つ信じてなかったド素人ですよ」
そうだよね。今まで胡散臭いとかホラ吹きとか言ってたご先祖様には、後でしっかり謝まろう。
オウマ君には悪いけど、こんな私達が何かの役にたつとは思えない。それでもなお頼もうと言うのなら、正気を疑うよ。
そう思ったんだけどね──
「ですが、俺にはもうあなた達以外に頼れる人がいないんです!」
どうやら、オウマ君は正気ではなかったみたいだ。
「いやいや、むしろどうして私達なら頼れると思うのですか? さっきまでの我々のビビリっぷりを見てたでしょ。それに悪魔祓いなんて、どうやっていいかまるで知りません!」
「だから、祓ってもらんうんじゃなくて、インキュバスの力を抑える方法を探してほしいんです。直接は知らなくても、先祖の残した資料か何かありませんか?」
「あっても無理です。だって怖いし、金策だってしなきゃいけないし、そんなことやる度胸も時間もありません!」
必死で断ろうとするお父さんと、それでもなお頼もうとするオウマ君。両者共に、必死でそれぞれの言い分を捲し立てるけど、その終わりは実に意外な形でやって来た。
「とにかく、無理なものは無理……なん……で……す…………」
突然、お父さんの声から力が抜け、その体がグラリと揺れる。
「お父さん!」
声を上げる私の目の前で、お父さんは床の上へと倒れ込んだ。