モテ男でインキュバスな彼は魅了の力を無くしたい
私の持つ力
「色んな出来事が一気に起きすぎて、ショックで気絶したようですね」
倒れたお父さんを寝室に運んだレイモンドがそう説明すると、それを聞いたオウマ君が青ざめた。
「すみません。つい興奮して、勝手なことを言ってしまって……」
責任を感じているみたいで、さっきお父さんと言い合っていた時の勢いは、とっくになくなっている。
「そこは気にしないで。お父さんの気絶は癖みたいなものだから」
「えっ?」
「旦那様は弱々メンタルですから、何かショックな事があるとすぐに気絶されるのです。以前詐欺にあった時も、もれなく気絶されていましたし、我々も慣れっこです。お気になさらないでください」
「そ、そうなんですか……」
お父さんの気絶なんて何度も見ているから、私やレイモンドはすっかり慣れている。
それから、一応もうしばらく様子を見ると言ってレイモンドは再び寝室に向かい、オウマ君のお付きの人は、念のためにと近くのお医者様を呼びに行った。そこまでする必要はないと思うんだけどね。
そしてこの客間には、私とオウマ君の二人だけが残る。
「その……お父さんのこと、ごめん」
「だから、それは気にしなくていいって。よくある事だから」
「いや、よくあったらダメだろ」
唖然とするオウマ君だけど、今はそんなことより、もう少し意味のある話をしたかった。もちろん、彼がさっきまで言っていた依頼についての話だ。
「インキュバスの力を抑えたいって言ってたけど、オウマ君のお父さんはどうしてたの? インキュバスの子孫って言うなら、お父さんやお爺さんもそうでしょ?」
「ああ。けど最近じゃその血もだいぶ薄くなっていて、ほとんど普通の人間と変わらなくなっていた。だけどどういうわけか、稀に先祖返りを起こして強い力を持って生まれてくる奴もいる」
「それが、オウマ君?」
「ああ。だいたい、親や親戚に頼って何とかできるくらいなら、とっくにそうしてる。おまけに、何代か前の先祖が、悪魔の末裔なんて知られたら世間体が悪いなんて言って、インキュバスに関わる資料のほとんどを処分したんだ。そのせいで、子孫にどんな迷惑がかかるかも知らずにな」
「うわぁ……」
なんだか、悪魔祓いなんて時代遅れと言って廃業したうちの先祖を思い出す。悪魔と悪魔祓いっていう正反対な両家だけど、変なところで共通点を見つけてしまった。
心底嫌そうにため息をつくオウマ君。だけど、私の中にある疑問が浮かんだ。
「インキュバスの力ってさ、要はすっごく女の子にモテるって事だよね。それって何か問題あるの?」
人によっては大喜びしそうな力だし、わざわざ抑える必要ってあるのかな?
「そう言われると、何だか一気に話が軽くなったような気がするな。言っとくけど、モテるんじゃなくて、俺に好意を抱くようになるだけだからな」
「同じことじゃない?」
「全然違う」
オウマ君は苛立った様子で、私の言葉をハッキリと否定する。
「俺の力は、近くにいる女性に問答無用で好意を抱かせるってものだ。けどそれって、人の気持ちを無理やりねじ曲げてるってことなんだぞ。それって、かなり酷いことなんじゃないか」
「それは……」
「君ならどうだ? 本当なら何とも思ってないような奴のことを、無理やり好きになってしまうんだぞ」
うーん。確かに、相手の女の子にしてみればたまったものじゃないかと。
そしてそれを語るオウマ君は、これ以上ないくらい真剣で、切なげだ。きっと、本人にしてみれば相当悩ましい事なんだろう。
「そうだね。ごめん、そこまで考えてなかった」
「いや、いきなりこんなことを話されても、すぐには理解できないよな。けど、俺にとっていつものことで、だからこそなんとかしたいと思ってる」
実を言うと、悪魔の存在を信じたとはいえ、まだ自分とは遠いところの話のような気がしていた。
だけどこうして目の前で悩んでいるオウマ君を見て、ようやく現実の問題として受け止められたような気がする。
けど、どうしよう。
「オウマ君が嘘ついてるわけじゃないのも、本気で何とかしたいって思ってるのもわかったけど、やっぱりうちじゃ無理じゃないかな。悪魔祓いやってる人なら、他にもいるんじゃない?」
悪魔祓いは、アルスター家だけができる専売特許っていうわけじゃない。今だってだいぶ少なくはなっているけど、現役で悪魔祓いの看板を掲げているところもあるって聞いたことがある。
だけどオウマ君は、それを聞いて力なく首を振った。
「今までも、悪魔祓いを名乗る人の所に行ってはみたんだ。けど、そのほとんどがインチキだった。意味なく高い壺を買わされたり、相手が女性の場合、祓うどころか俺に魅了されるだけで終わったりしたよ。本物の悪魔祓いなんて、もうほとんど残っていないんだろうな」
壺、買わされたんだ。お父さんが三回も詐欺にあっている身としては、同情せずにはいられない。
だけど今までの話を聞いて、どうも不思議なことがある。
「でもさ、オウマ君の近くにいると、女の人はみんな片っ端からオウマ君を好きになるんだよね。けど、私は別に何ともないんだけど?」
オウマ君のことが嫌いってわけじゃないけど、少なくとも恋愛として好きだとは思っていない。これじゃ、聞いてた話と違うんじゃないの?
するとオウマ君は、それを聞いて大きく頷いた。
「やっぱりそうだよな。だからこそ俺は、アルスター家を頼ろうと思ったんだ」
「どういうこと?」
「俺に魅了されないのは、それだけ君の中にある、悪魔の力に対する抵抗力が凄いってことだ。インキュバスの力である魅了効果を、無意識のうちに跳ね返しているんだ。かつて存在した高名な悪魔祓いの中には、そんな凄い抵抗力を持つものもいたらしい。そして君にも、その力が受け継がれているんだ」
なるほど。だから、私達が無理って言っても尚も頼んできたんだ。
するとオウマ君。何を思ったのか、急にメガネを外して、真っ直ぐに私を見つめてきた。
「昨日の昼休みのこと、覚えてるか?」
「お弁当もらった時のこと? そりゃ、覚えてるよ」
「その時も、こうしてメガネを外した俺と目が合ったよな。しかも、二回も」
「そうだっけ?」
言われて記憶をたどると、確かにそんなことがあった。
一回目は、私とぶつかった直後。二回目は、お弁当を食べ終えた後、話をした時だ。
「俺の魅了の力は、直接目が合った時に、一番威力を発揮するんだ。だけどこのメガネは特別で、例え目が合っても、ある程度それを抑える効果がある。だから、いつもかけてるんだ」
「そうなの?」
一見すると普通のメガネにしか見えないけど、彼がそう言うからには、多分その通りなんだろう。
「だから、君の前でメガネが外れた時は本当に焦ったよ。以前、失敗して直に目を合わせた人がいたけど、その人はストーカーみたいになった」
「はっ!?」
それは、何とも物騒な話だ。彼がこの力を何とかしたいと言っているのも、それを聞くとより納得できる。
「君と目が合って、また一人ストーカーを作ってしまったんじゃないかって思って、怖くなった。だけどあの時、君は俺には目もくれず、弁当に夢中になっていた」
うーん。そんな風に言われるとなんだか私が凄く食い意地が張っているように聞こえる。まあ間違ってはいないけどね。
「驚いたよ。今まで俺と目を合わせて何ともなかった女の子なんて、一人もいなかったからな。これは何かあるんじゃないかと思って、君に興味が湧いた。そして調べてみて、アルスター家が悪魔祓いの一族だってことを知ったんだ」
オウマ君がうちを訪ねてきたのには、そういう経緯があったんだ。もっとも、その悪魔祓いを何代か前にやめたってことまではわからなかったみたいだけど。
「で、私は目を合わせてもなんともないから、凄い力があるってこと?」
「ああ。今だってこうしてメガネを外してるけど、何か変わったところはあるか?」
「うーん、特にはないかな」
相変わらず、力があると言われてもその実感は全く無い。けどオウマ君の言葉を信じるなら、これで何ともない私は、確かに特別なのかもしれない。
そう思ったところで、オウマ君が、改めて頭を下げてきた。
「えっ? ちょっと……」
「頼む。いきなりこんなこと言って、迷惑だってのはわかってる。でも俺は、どうしてもインキュバスの力を何とかしたいんだ」
必死に頼み込むその姿は、懇願と言ってよかった。
どうしよう。今までの話で、オウマ君が本気で悩んでいるのは十分わかったし、これだけ頼まれたら、力になってあげたいとも思う。
だけど、本当に何とかできるの?
答えが出せずに困っていたその時だった。大きな音をたて、部屋の扉が開く。
そうして現れたのは、ベッドで寝ていたはずのお父さんだった。
「その依頼、お引き受けいたしましょう!」
「お父さん、もう平気なの!?」
勢いよく扉を開けたお父さんは、気絶から回復したばかりとは思えないくらいにハイテンションだ。いくら気絶は慣れっこでも、回復してすぐにこんなに動いて大丈夫なのかな。
しかも、今なんて言った?
私の聞き間違えじゃなければ、依頼を引き受けるって聞こえたんだけど。本気なの?
倒れたお父さんを寝室に運んだレイモンドがそう説明すると、それを聞いたオウマ君が青ざめた。
「すみません。つい興奮して、勝手なことを言ってしまって……」
責任を感じているみたいで、さっきお父さんと言い合っていた時の勢いは、とっくになくなっている。
「そこは気にしないで。お父さんの気絶は癖みたいなものだから」
「えっ?」
「旦那様は弱々メンタルですから、何かショックな事があるとすぐに気絶されるのです。以前詐欺にあった時も、もれなく気絶されていましたし、我々も慣れっこです。お気になさらないでください」
「そ、そうなんですか……」
お父さんの気絶なんて何度も見ているから、私やレイモンドはすっかり慣れている。
それから、一応もうしばらく様子を見ると言ってレイモンドは再び寝室に向かい、オウマ君のお付きの人は、念のためにと近くのお医者様を呼びに行った。そこまでする必要はないと思うんだけどね。
そしてこの客間には、私とオウマ君の二人だけが残る。
「その……お父さんのこと、ごめん」
「だから、それは気にしなくていいって。よくある事だから」
「いや、よくあったらダメだろ」
唖然とするオウマ君だけど、今はそんなことより、もう少し意味のある話をしたかった。もちろん、彼がさっきまで言っていた依頼についての話だ。
「インキュバスの力を抑えたいって言ってたけど、オウマ君のお父さんはどうしてたの? インキュバスの子孫って言うなら、お父さんやお爺さんもそうでしょ?」
「ああ。けど最近じゃその血もだいぶ薄くなっていて、ほとんど普通の人間と変わらなくなっていた。だけどどういうわけか、稀に先祖返りを起こして強い力を持って生まれてくる奴もいる」
「それが、オウマ君?」
「ああ。だいたい、親や親戚に頼って何とかできるくらいなら、とっくにそうしてる。おまけに、何代か前の先祖が、悪魔の末裔なんて知られたら世間体が悪いなんて言って、インキュバスに関わる資料のほとんどを処分したんだ。そのせいで、子孫にどんな迷惑がかかるかも知らずにな」
「うわぁ……」
なんだか、悪魔祓いなんて時代遅れと言って廃業したうちの先祖を思い出す。悪魔と悪魔祓いっていう正反対な両家だけど、変なところで共通点を見つけてしまった。
心底嫌そうにため息をつくオウマ君。だけど、私の中にある疑問が浮かんだ。
「インキュバスの力ってさ、要はすっごく女の子にモテるって事だよね。それって何か問題あるの?」
人によっては大喜びしそうな力だし、わざわざ抑える必要ってあるのかな?
「そう言われると、何だか一気に話が軽くなったような気がするな。言っとくけど、モテるんじゃなくて、俺に好意を抱くようになるだけだからな」
「同じことじゃない?」
「全然違う」
オウマ君は苛立った様子で、私の言葉をハッキリと否定する。
「俺の力は、近くにいる女性に問答無用で好意を抱かせるってものだ。けどそれって、人の気持ちを無理やりねじ曲げてるってことなんだぞ。それって、かなり酷いことなんじゃないか」
「それは……」
「君ならどうだ? 本当なら何とも思ってないような奴のことを、無理やり好きになってしまうんだぞ」
うーん。確かに、相手の女の子にしてみればたまったものじゃないかと。
そしてそれを語るオウマ君は、これ以上ないくらい真剣で、切なげだ。きっと、本人にしてみれば相当悩ましい事なんだろう。
「そうだね。ごめん、そこまで考えてなかった」
「いや、いきなりこんなことを話されても、すぐには理解できないよな。けど、俺にとっていつものことで、だからこそなんとかしたいと思ってる」
実を言うと、悪魔の存在を信じたとはいえ、まだ自分とは遠いところの話のような気がしていた。
だけどこうして目の前で悩んでいるオウマ君を見て、ようやく現実の問題として受け止められたような気がする。
けど、どうしよう。
「オウマ君が嘘ついてるわけじゃないのも、本気で何とかしたいって思ってるのもわかったけど、やっぱりうちじゃ無理じゃないかな。悪魔祓いやってる人なら、他にもいるんじゃない?」
悪魔祓いは、アルスター家だけができる専売特許っていうわけじゃない。今だってだいぶ少なくはなっているけど、現役で悪魔祓いの看板を掲げているところもあるって聞いたことがある。
だけどオウマ君は、それを聞いて力なく首を振った。
「今までも、悪魔祓いを名乗る人の所に行ってはみたんだ。けど、そのほとんどがインチキだった。意味なく高い壺を買わされたり、相手が女性の場合、祓うどころか俺に魅了されるだけで終わったりしたよ。本物の悪魔祓いなんて、もうほとんど残っていないんだろうな」
壺、買わされたんだ。お父さんが三回も詐欺にあっている身としては、同情せずにはいられない。
だけど今までの話を聞いて、どうも不思議なことがある。
「でもさ、オウマ君の近くにいると、女の人はみんな片っ端からオウマ君を好きになるんだよね。けど、私は別に何ともないんだけど?」
オウマ君のことが嫌いってわけじゃないけど、少なくとも恋愛として好きだとは思っていない。これじゃ、聞いてた話と違うんじゃないの?
するとオウマ君は、それを聞いて大きく頷いた。
「やっぱりそうだよな。だからこそ俺は、アルスター家を頼ろうと思ったんだ」
「どういうこと?」
「俺に魅了されないのは、それだけ君の中にある、悪魔の力に対する抵抗力が凄いってことだ。インキュバスの力である魅了効果を、無意識のうちに跳ね返しているんだ。かつて存在した高名な悪魔祓いの中には、そんな凄い抵抗力を持つものもいたらしい。そして君にも、その力が受け継がれているんだ」
なるほど。だから、私達が無理って言っても尚も頼んできたんだ。
するとオウマ君。何を思ったのか、急にメガネを外して、真っ直ぐに私を見つめてきた。
「昨日の昼休みのこと、覚えてるか?」
「お弁当もらった時のこと? そりゃ、覚えてるよ」
「その時も、こうしてメガネを外した俺と目が合ったよな。しかも、二回も」
「そうだっけ?」
言われて記憶をたどると、確かにそんなことがあった。
一回目は、私とぶつかった直後。二回目は、お弁当を食べ終えた後、話をした時だ。
「俺の魅了の力は、直接目が合った時に、一番威力を発揮するんだ。だけどこのメガネは特別で、例え目が合っても、ある程度それを抑える効果がある。だから、いつもかけてるんだ」
「そうなの?」
一見すると普通のメガネにしか見えないけど、彼がそう言うからには、多分その通りなんだろう。
「だから、君の前でメガネが外れた時は本当に焦ったよ。以前、失敗して直に目を合わせた人がいたけど、その人はストーカーみたいになった」
「はっ!?」
それは、何とも物騒な話だ。彼がこの力を何とかしたいと言っているのも、それを聞くとより納得できる。
「君と目が合って、また一人ストーカーを作ってしまったんじゃないかって思って、怖くなった。だけどあの時、君は俺には目もくれず、弁当に夢中になっていた」
うーん。そんな風に言われるとなんだか私が凄く食い意地が張っているように聞こえる。まあ間違ってはいないけどね。
「驚いたよ。今まで俺と目を合わせて何ともなかった女の子なんて、一人もいなかったからな。これは何かあるんじゃないかと思って、君に興味が湧いた。そして調べてみて、アルスター家が悪魔祓いの一族だってことを知ったんだ」
オウマ君がうちを訪ねてきたのには、そういう経緯があったんだ。もっとも、その悪魔祓いを何代か前にやめたってことまではわからなかったみたいだけど。
「で、私は目を合わせてもなんともないから、凄い力があるってこと?」
「ああ。今だってこうしてメガネを外してるけど、何か変わったところはあるか?」
「うーん、特にはないかな」
相変わらず、力があると言われてもその実感は全く無い。けどオウマ君の言葉を信じるなら、これで何ともない私は、確かに特別なのかもしれない。
そう思ったところで、オウマ君が、改めて頭を下げてきた。
「えっ? ちょっと……」
「頼む。いきなりこんなこと言って、迷惑だってのはわかってる。でも俺は、どうしてもインキュバスの力を何とかしたいんだ」
必死に頼み込むその姿は、懇願と言ってよかった。
どうしよう。今までの話で、オウマ君が本気で悩んでいるのは十分わかったし、これだけ頼まれたら、力になってあげたいとも思う。
だけど、本当に何とかできるの?
答えが出せずに困っていたその時だった。大きな音をたて、部屋の扉が開く。
そうして現れたのは、ベッドで寝ていたはずのお父さんだった。
「その依頼、お引き受けいたしましょう!」
「お父さん、もう平気なの!?」
勢いよく扉を開けたお父さんは、気絶から回復したばかりとは思えないくらいにハイテンションだ。いくら気絶は慣れっこでも、回復してすぐにこんなに動いて大丈夫なのかな。
しかも、今なんて言った?
私の聞き間違えじゃなければ、依頼を引き受けるって聞こえたんだけど。本気なの?