だから、好きとは言わない

11 幸せ、おすそ分け

 アパートに着いて中へ入ると、靴を脱ぐのも時間が惜しいと、望くんに唇を塞がれた。座り込んでいたあたしの足から靴を脱がせて、自分も脱ぐと、そのまま倒れ込む。
 何度も離れては繋がる唇に、呼吸が乱れて、目の前の望くんは、やっぱりもう余裕のない表情。

「シャワー、浴びてからにしないと。スーツも、皺ついちゃう」

 唇から離れて首筋を辿り出した望くんを、あたしは静止させるために、ため息混じりに言葉を放つ。

「……やだ……けど……分かった」

 首元で、迷いながらつぶやいた望くんの言葉に、あたしは安心して体を起こした。

「大人にはなれないけど、ちゃんと実智ちゃんの言うことは聞くようにする」

 しゅんっと、叱られた子犬のように小さくなってしまった望くんが可愛すぎて、あたしの方が我慢できなくなってしまいそうだ。
 「一緒に入る?」悪戯に笑う望くんに流されないように「別で!」と言い切ると、渋々あたしから離れて望くんはネクタイを緩めながら奥へと進んで行った。

 先にシャワーを浴びて戻ったあたしは、望くんと交代する。その間に、冷蔵庫からいつもの缶ビールを取り出した。

 そういえば、夕飯何にも食べてなかったな。ふと、思い出して、お腹が鳴っては恥ずかしいと、あたしは冷蔵庫の中を探る。
ビールは開けてしまったし、つまみになりそうなの一品作ろうかな。
 フライパンをIHコンロにかけて、バターを一欠片落とした。
 先ほど冷蔵庫の中で目に入ったエリンギとアスパラでバター炒めを作る。バターと醤油のいい香りが部屋の中へ充満し始めた頃、望くんが戻ってきた。

「めちゃくちゃいい香りがするー!」

 半分だけ乾かした髪の毛と、腰にバスタオルのみ。

「え? 何、その格好。ちゃんと着替えておいでよ」

 あたしが呆れて菜箸で戻りなさいと促すと、腕組みをしてこちらをじっと見つめてくるから、あたしは目のやり場に困って背を向けると、フライパンに向き合った。

「……ああー! やっぱ食欲には勝てねぇっ。仕方ねぇなぁ」

 その言葉に振り返ると、一人で叫んだかと思えば、前に貸してあげたスウェットと途中で買ってきた下着をおもむろに掴んで望くんはバスルームへと戻って行った。

 ってか、それ持って行ってない時点で、初めからシャワー後に何も着る気なかったよね?
 もう、ヤル気満々じゃん。困った子だ。

 しまっておいた望くんが買ってきてくれたお皿を出して、フライパンから移すと、二品目に取りかかった。
「美味い、幸せ。ほんと、幸せ」

 さっきから幸せの連呼を繰り返す望くんに、あたしは何も言葉が出ずに笑うしかない。
 炊いていたご飯もおかわりして二杯目に入っている。ずっと食べていなかったのかと思うくらいに食欲旺盛。まぁ、若いからね。

「ここ最近食欲なくてさ。ほんと、不幸のどん底にいたんだよ俺。ねぇ、実智ちゃん、さっき言ってくれたのって本当だよね? やっぱり嘘とか無しだからね?」

 茶碗と箸は離さずに視線だけあたしをしっかり捉えて念を押される。

「大丈夫だよ。ちゃんと望くんのこと好きだって確信したから」
「……う」

 宥めるように言ったあたしの言葉に、望くんの瞳が潤んでいく。

「マジで……好きって言ってくれてる……っうー……」

手のひらで涙を拭うと、望くんが笑った。

「俺も実智ちゃん大好き! あ、あんま飲みすぎないでよ? また酔った勢いだったとか嫌だからね」

 すでに二缶開けているあたしのそばに置いてあった空の缶ビールに視線を向けて眉を顰める望くん。

 始まりが悪すぎたんだ。
 いきなり現れた望くんも、あたしのことが好きだと分かってて望くんを後押しした寛人と友香も。
 だけど、望くんがあたしに会う為に上京して、簡単にあたしと出会えることが出来たことは、なんだかもう奇跡なんじゃないかとも思えてしまう。

 だって、世の中狭いとはよく言うけれど、タイミングが良すぎたし。

 だからって、望くんが計算高い子だとは思わないから、本当に、あたしへの想いだけでこうしてまた巡り会えたってことは、なかなかに運命的でロマンチックなことなんじゃないかな……なんて、言わないけど、そう感じてしまう。

 食べ終えて片付けをしていたあたしの隣で、望くんが食器を拭いて片付けてくれる。

「今度は、茶碗とお椀も揃えようよ」

 ニコッと笑う望くんが可愛くて。
 ああ、どうしようもなく、好きだなって感じる。
 止まってしまっていたあたしの手に、望くんがそっと触れてくる。

「もう、いい?」

 見つめ合ったまま、あたしは頷く代わりに笑顔を向けた。

「やっぱ……実智ちゃん可愛い」

 頬に触れた手のひら。ゆっくり、望くんの顔が近付く。重なる唇から伝わるぬくもり。
 愛おしいが溢れる。

 ベッドへと潜り込んで、まだ不安げにキスを繰り返す望くんに、あたしはスウェットの裾から指先を滑り込ませた。一瞬、小さく揺れた望くんが、照れた顔であたしを見下ろす。

「大好きだよ、望くん」

 あたしの言葉に、望くんの顔がますます赤みを帯びていく。小さなため息をついたかと思えば、困った表情の後に目つきが変わる。

「ヤバ……覚悟してよ、実智ちゃん。俺の方が愛してるから」

 初めて再会して触れ合った感覚とは、全然違う。あの時は優しくて、ぎこちなくて、あたしを愛そうと一生懸命で。

 おんなじ望くんのはずなのに、今日はもっともっと、あたしを愛してほしいと感じてしまう。

 あの日から、もうすっかり、あたしは望くんに溺れていたんだ。ますます這い上がれない。
 だけど、それが気持ち良くて、嬉しくて。この先のことなんて、今はどうでも良くなる。

 朝まで尽きることなく抱き合って、微笑み合った。
 目が覚めると、安心したように無防備で眠る望くんの寝顔がそこにあった。
 幸せ。
 思わず口に出そうになるくらいに湧き上がる喜び。

 ぷくっとした薄桃色の唇に、そっとキスをした。気が付いた望くんが、薄く目を開ける。

「ん……おはよ……」

 まだ眠そうに重たい瞼が閉じたり開いたりを繰り返す。また閉じてしまった目にがっかりしていると、望くんの腕が伸びてきてあたしをギュッと抱きしめた。

「んー、大好き、実智ちゃん。愛してる……可愛い」

 寝ぼけながら近づいてきた唇が、あたしの唇を探して鼻先や目元に触れてくすぐったい。ようやく見つけた唇を、ハムッと咥えられた。

 望くんのキスはいつもほろ苦いビールの味がしていたけれど。昨日のデザートに食べた苺シャーベットのせいか、今朝はとても甘い。
 寝ぼける望くんの動きが鈍くなったのに気が付いて、今度はあたしからキスの嵐をお見舞いする。
 寝ているなら半分気が付かないだろう。なんて浅はかな考えで、何度も何度も、繰り返すキスが止まらなくなってしまったあたし。

 パチっと望くんの目がはっきり開いて、思わず我に返ってしまった。

「実智ちゃん……今日仕事、行きたくなくなる」
「あ!」

 思わず、望くんの言葉に、あたしは振り返って壁の時計を見た。
 時刻は六時五十三分。

 良かった、思ったよりまだ早い時間。
 ほっと安心するのも束の間、望くんの手があたしの体に触れている。

「もう、今日朝ごはん無しでもいい?」
「え!?」


 布団をあたしごと被せた望くんに、有無を言わさずに朝から愛されたあたしは、その後にスッキリした顔で「行ってきます」と手を振る望くんと別れて、重たい足取りでたどり着いた職場のデスクで、ため息をついている。

 若いって怖い。
 だけど、幸せだ。

 ふにゃりと歪む口元に、あたしはパシッと気合を入れて仕事に取りかかった。
 仕事を終えてスマホを確認すると、望くんからメッセージが届いている。

》今日は遅くなりそう。一緒に帰れなくて寂しい! 早く帰るから待っててね!

 望くんがまた職場の前で待っていてくれることを期待してしまったあたしは、内心ガッカリする。
 すぐに気を取り直して夕飯何にしようかなと考えながら、他にも来ていたメッセージを眺めた。
 あ、倉橋さんからも来ている。

》実智さん、昨日はごちそうさまでした! 今日望くんから二人が晴れて恋人同士になったって聞きましたー! おめでとうございます♡
あたしも冴島さんと頑張ります! 応援よろしくお願いします!

 意外と真面目な子なのかな? そんな印象を受けるメッセージに、あたしは〝ありがとう〟と淡白な返ししか思い浮かばずに、これだけではとウサギのスタンプで頑張れ! と送った。

 スーパーに寄って、食材調達して帰ろう。足取り軽く、あたしはいつものスーパーへと向かって、入り口でカゴを手に取り店内へ。
 一番手前の野菜コーナーでメニューをどうしようか悩んでいると、隣に誰かが立つ気配に顔を上げた。

「お疲れ様、実智。買い物?」
「あ、寛人! お疲れ様」

 スーパーで見かけたことなど一度もなかった寛人の姿に、あたしはまじまじと上から下までを凝視してしまう。
 高級スーツを着こなす寛人に、スーパーのカゴはどうみても不釣り合いで、見慣れないからか、似合わなすぎる。

「どうしたの? 寛人が買い物?」

 驚くあたしに、寛人は目を細めてため息をついた。

「だって、飲みに行くやついなくなっちゃったんだもん。友香も実智も誘えないし、凌は子供が熱出して何かあったら大変だから今週は飲み歩くなって言われたみたいだし。これからは少しずつあの立派なシステムキッチンを使いこなしていかなきゃないのかなって思ってさ。とりあえず冷蔵庫ん中空っぽだし、買い物きたら、実智がいてラッキーって感じだよ」

 喋りながら山積みのキャベツを眺めて、両手に一つずつ取ると、「どっちのが良い?」 と聞いてくるから、艶の良い葉の詰まった方を指さした。

「料理出来るの? 寛人」
「出来るんじゃん? それとも実智が来て作ってくれる?」
「え?!」
「嘘。そんなん頼めないって分かってる。望のやつやけに元気いっぱいで今日一日浮ついててイラついたから、仕事上乗せしてやった」
「え、寛人が仕事増やしたの?」
「いやいや、今までだいぶ助けて来てたんだよ。そろそろ本腰入れてやってもらわないと、いつまでも新人なんて言ってられないからね」
「……まぁ、そりゃそうだよね」
「今日のメニューなに?」

 次々野菜をカゴの中に入れていく寛人は、あたしのまだ何も入っていないカゴを見て聞いてくる。

「今悩んでたの」

 顎に手を置き、また悩み始めると、お買い得と書かれたプレートが目の前に現れた。

「あらぁ、ついに彼氏? 今日はね、鶏もも肉がお買い得よ」

 寛人に向き合っていたあたしの横からいつものおばちゃんが現れた。

「今夜は唐揚げなんてどう? この魔法のスパイシー唐揚げ粉も新発売で美味しいのよ。揉み込んであげるだけ! お兄さん良い男じゃない。お似合いよあなたたち」

 いつもの元気の良さに圧倒される。
 言うだけ言って、おばちゃんはまた別のお客さんに声をかけに行ってしまった。

「唐揚げかぁ。料理初心者にいきなり揚げ物は酷だよねー。誰か揚げてくれないかな。しかもやっぱり唐揚げは揚げたてが一番だよね」

 レモンを一つ手に取って、寛人がつぶやく様に言うのと同時に、明るい声が飛んでくる。

「お疲れ様ですっ! 冴島さん! 実智さんっ」

 ニコニコ笑顔で現れたのは、倉橋さん。
 驚くあたしの顔に、振り返った寛人も驚いている。

「倉橋? なんで……」
「冴島さんがここのスーパーに入っていくのを見かけて、道路の向こう側から急いで来たんです。そしたら実智さんもいるし、さっきおばさんは勘違いしてたけど、二人ともそれぞれカゴ持っているし、別ですよね?」

 カゴを交互に指差して、倉橋さんはにっこりと笑う。

「冴島さん、あたし唐揚げ揚げるの得意ですよ。揚げたて、食べさせてあげたいんですが、お買い物付き合ってもいいですか?」
「え?」

 積極的な倉橋さんの言動に、寛人はやや引いているようだ。

「鶏もも持って来ますっ」

 精肉コーナーへと向かっていく倉橋さんの後ろ姿はやはりスタイル抜群でモデルの様な歩き方。

「なんだ……あいつ」
「望くんの同期でしょ? 可愛いじゃん。せっかくだから、唐揚げ、作ってもらいなよ」
「はぁ?」

 スキップする勢いで戻って来た倉橋さんの姿が可愛く見えて、あたしは微笑む。

「ありましたっ! 冴島さん、あとは何が食べたいですか?」
「え?」
「あ! スープとかも作りましょうか。お味噌汁の方が良いですか? サラダも欲しいですよね、適当に煮物とか」

 寛人のカゴに、次々と材料を入れ始める倉橋さんに唖然としていると、最後にレモンを持つ寛人の腕に絡みついた倉橋さんが、そっとレモンをつまみ上げて、微笑んだ。

「冴島さんの胃袋は、あたしが掴みますから。だから、安心してくださいね、実智さんっ」

 ニコッと効果音でも響いて来そうな満面スマイルを向けられて、あたしは思わず笑って頷いた。

「うん、うん、よろしくね。あ、寛人なんでも食べれる人だから、腕の振りがいあるよー」
「は?」

 微笑み合うあたしと倉橋さんを交互に見た後に、寛人が頭の上にはてなを浮かべている。

「なんで、実智と倉橋が仲良くなってんの?」
「あたし達、もう仲良しなんです。だから、冴島さんもあたしのことそろそろ認めてください。入社した瞬間から、ずっと好きなんですからね」
「……え」

 いきなりの倉橋さんの告白に、驚いているのはあたしや寛人だけではない。
 周りからこそこそと、「三角関係?」とか、「若い子は積極的ねー」とか、ちょうど夕飯前のスーパーは主婦層が高くて、目線が突き刺さってくる。

「とにかく、お会計!」

 結局、周りの目が気になってしまって、あたしは特売の鶏もも肉とレタス、ミニトマトしかカゴに入っておらず、それをお会計。
 倉橋さんのおかげでどっさり買い込まされた寛人は両手に袋を下げてスーパーを出た。

「……倉橋って、望のこと狙ってたんじゃないの?」

 歩き始めた寛人がため息混じりに聞く。

「何言ってるんですか! あたしはずっと冴島さん一筋! 毎日毎日話しかけていたのに流されてあたし挫けそうになったりして、その時に望くんが冴島さんと住むってなって、羨ましすぎて! 冴島さんの私生活を聞きまくったりしてたんです!」
「うわ……こわ……」
「引いてもらっても結構です。あたしそれくらい真剣に冴島さんのこと好きですから」

 ぐっと詰め寄る倉橋さんの勢いに、寛人は苦笑い。あたしも見守ることしかできない。

「……さっきもだけど、あんまり気軽に好きとか言わない方がいいよ?」
「なんでですか?」
「勘違いさせるでしょ」
「……ん? どういう意味ですか?」

 寛人の言葉に、倉橋さんが首を傾げている。

「その時盛り上がってる気持ちは、後にどうなるかなんて分かんないんだよ。だから、軽々しく好きとか言わない方がいいって事」
「冴島さん」
「……ん?」
「自分、守りすぎですよ。好きなんですから、好きって言うのは当たり前じゃないですか! あたしだって、軽々しく言っているわけじゃないです。冴島さんだから言うんです。じゃないと、いつまで経っても、気が付いてくれないし。

 きっと、冴島さん、あたしにとっては上司だし、年上だし、好きとは言わないとか頑なに守りに入りそうで嫌だったから、だから、あえて実智さんのいる前であたしは言うんです」

 タイトなスカートの足を軽く広げて仁王立ち。両手を胸の前でギュッと握りしめて、倉橋さんが顔を耳まで染めながら寛人へと向かって一生懸命に語る。
 その姿が、とても美しいと感じた。

 強気な表情が一変して、眉を歪めたかと思ったら、ポロポロと涙をこぼし始める。
 寛人がそっと倉橋さんへと近寄り、「ありがとう」と微笑んだのを見て、あたしまで涙腺が熱くなる。

 なんだか、忘れていた。

 人を好きになるって、こんなに一生懸命で、綺麗で、強くて、不安で、儚くて。

ーーーーーー

「でね、二人で一緒に帰って行ったのー! なんかさ、映画のワンシーン見てるみたいだった!」

 望くんの帰りが思ったよりも遅くて、あたしは買って来た鶏もも肉と魔法の粉で唐揚げを作り、缶ビール片手に電話をしていた。

ーー実智ちゃん、絶対酔ってるよね?

「うん。だってさー、これが飲まずにいられる? 早く帰って来てよ望くん。唐揚げは揚げたてがいいんだから」

ーー……もうすぐ、着くから。
「はぁい。じゃあねん」

 通話を終了させて、あたしはスマホをテーブルへと置く。

 今頃二人で唐揚げ食べてるかなぁ。いや、もしかしたら、倉橋さんは寛人のあの肉体美を堪能してしまうのかもしれない。うふふー、うまく行けばいいなぁ、あの二人。ってか、マジでビールが美味い。嬉しくって気持ちがふわふわするー。

「実智ちゃん、大丈夫?」

 あれ、望くんの声がする。大丈夫に決まってる。何心配そうな声出してるの。あれ? なんだか体が宙に浮いてるみたいにさっきよりもふわふわしてる。なんだか、とっても気持ちいい。

「……朝?!」

 カーテンの隙間から差し込む日差しで目が覚めた。思い切り起き上がったあたしはその反動で腰にかかった圧力にウッと苦しくなりつつ美味しそうな匂いに顔を上げた。

「あ、おはよう実智ちゃん。今、朝ごはん出来るよ」

 エプロン姿の望くんがにっこり笑う。
 それが可愛すぎて心がほっこりとする。と、同時に昨日の一件で浮かれすぎて飲みすぎたことを思い出した。

「やだ! あたし嬉しすぎて飲みすぎて寝ちゃったんだね」
「飲んでも呑まれたことないって言ってたのは誰だっけ?」
「……あたしです。ってか、気持ちが緩みすぎてる。ヤバい」
「いーんじゃない? それって、俺に気を許してくれてるって事でしょ? 嬉しいよ。なんか昨日の酔い方はめちゃくちゃ可愛かったし。ふわふわするぅってにこにこ笑ってたよ」
「……そ、そっか」

 本当に浮かれすぎていた。
 ……ん?

 頭を抱えたあたしは胸元のボタンが止まっていないパジャマに視線が落ちた。
 あれ? パジャマに着替えてある……で、ボタンがとまっていない?

「あ、ごめん。そんな可愛い実智ちゃんに手が出ないわけがない……って、まさか、覚えてないの?」

 確かに、望くんの声や抱き抱えられている感覚がふわふわと夢心地ではあったけれど。

 覚えてないっ!!


「嘘でしょ? 酔った実智ちゃん抱いちゃったってこと? だからあんなに……」
「は? 何?!」

 なにかしでかした? あたし。

「だから、あんなに激しかったんだね。今度はちゃんと覚えててね」

目の前まできた望くんが、ちゅっとキスをくれる。あたしは目を見開いたまま。
 昨日のあたし、一体望くんに何をしたんだ! ぜんっぜん思い出せない。

「今から思い出す?」
「いや、仕事! 時間!」
「はいはい、じゃあ、ごはんにしよ」

 あー、なんだか、幸せな朝。
 微笑む望くんに、美味しい朝ごはん。
 こんな毎日がずっと続けばいいのにって、心から願ってしまう。

「昨日の唐揚げめっちゃ美味しかった!」
「ほんと? 良かった。今度は揚げたて食べさせてあげるからね」
「うん! 楽しみ」

 食べ終わった望くんが、あたしが食べ終わるのを待ちながら、少しそわそわしだす。

「でね、実智ちゃん……」

 じっと見つめられて、真剣な瞳に、あたしはとりあえず箸を置いた。

「俺、一生実智ちゃんのこと大事にする。この先実智ちゃん以上に好きになる人なんて現れないし、俺は実智ちゃん以外は考えられない。だからさ、俺があのマンションの家賃払えるようになったら、結婚してください!」

 爽やかな朝のプロポーズは、なんだか望くんらしくて、すごく嬉しかった。

 こんな毎日が続いていくなら、結婚って幸せなことなのかもしれない。
 そう感じてならない。

「はい、よろしくお願いします」
< 12 / 14 >

この作品をシェア

pagetop