未来を創る骨(みらいをしばるくさり)
「香奈子。髪乾かし終わったら少し時間いいかな?」
お風呂上がり。濡れた上を拭いていると、お父さんが側に来て声をかけてきた。
「改まってどうしたの? 大事な話?」
ドライヤーのコンセントを差しつつ返事する。
「大事な話。香奈子の今後に関わる話だ」
「私の今後に関わる? え、引っ越すとかそういう系?」
「とりあえず髪乾かしなさい」
それだけ言って背を向けてしまったお父さんからは何故か寂しげな雰囲気が漂っていた。
辺りに漂う不穏な空気をドライヤーの風が吹き飛ばしてくれないかと願うけど、時間が経てば経つほどに増していく一方だった。
重い空気を吸った髪の毛はなかなか乾いてくれず、まだ半分くらい濡れているけどドライヤーを片付ける。
「話って何?」
リビングのテーブルの上にマグカップが二つ置いてある。
一つは私が好きなココア。
もう一つはお父さんがよく飲んでいるコーヒーが入っている。
背筋を伸ばしてソファーに座るお父さんは緊張しているのか、何度も手を組み替えながら握りしめている。
「香奈子。卒業式はどうだった? ちゃんとみんなに別れは言えたか?」
「言えたよ。でも同じ市内に住んでいるんだから会おうと思えばいつでも会えると思うけど」
「そうか。言えたなら良かった。実は香奈子には親戚の家に行ってほしいんだ」
「親戚の家? 遊びに行くの?」
「いや。そこに住んでほしいんだ。高校も親戚の家から通ってほしい」
「どういうこと? 私たち引っ越すの?」
「違うんだ。香奈子だけで行ってほしい。実はもう親戚には話してあって明後日迎えに来る」
「なんでお父さんは来ないの? なんで一人で行かなくちゃいけないの?」
「…4月から勤める学校が県外なんだ。香奈子を一人にすることになるから親戚の家に行ってほしい」
「私もう高校生になるんだよ? そういうことなら一人でも大丈夫だからここにいたい」
「何年家を空けることになるか分からないんだ。だから香奈子を一人にして行けない。お願いだ。分かってくれ」
理解できない。
そう口にしようとしたところでお父さんの瞳から一筋の光がこぼれ落ちた。
唇を噛み締め俯くお父さんはいつもより小さく見えて、お父さんの中でたくさんの葛藤の末に出した答えなんだと伝わってくる。
「分かった。明後日だよね?」
頷くと思っていなかったのだろうか。
涙の溜まった目を見開いて私を見つめてくる。
「うん。ごめんな、俺の我が儘で」
「ううん。大丈夫」
お父さんの用意してくれたココアのマグカップを手に取り一口飲む。
ココアの温かさが手を伝わり全身へと広がる。
濡れた髪の毛によって冷えた体が少しずつ温まっていく。
お父さんはコーヒーを飲むことなく、そんな私を見つめていた。
二人の間にしばらくの沈黙が流れるけど、不思議とその時間は居心地が良かった。