執着魔法使いの美味しい求愛
プロローグ
 透き通るような青空の下を、背中まである漆黒の髪を振り乱し、一人の少年――ルトヘル・シラーニは、走っていた。ローブの裾をなびかせながら走る彼の後ろを、騎士服に身を包む二人の男が追いかけている。
 彼の視界に入り込んだのは、今にも飛び立ちそうな天使の像が中心にある白い噴水。その周りの広場では、道化師の格好をした大道芸人が、箱をくるくる回して道行く人々を楽しませている。それに群がり、笑いを浮かべている老若男女。
 わっと歓声があがると、噴水の水もぴゅっと勢いよく噴きあがる。
 ルトヘルはそれを横目でチラッと確認すると、ぐるりと方向を変えて群れている人込みへ向かう。
「くそったれが。逃げ足の速い小僧(ガキ)だ」
「キャ」
 騎士の悪態と、彼らと身体がぶつかった婦人の声が聞こえた。
 昔から木を隠すには森の中と言われていることを思い出したルトヘルは、わざと人込みに紛れ込んだのだ。その考えはあながち間違いでもなかったようだ。
 小さく肩で息を吐いたルトヘルは、何事も無かったかのように、ゆったりと歩きながら人込みから離れる。
(ボクが一体、何をしたというんだ)
 澄んだ青い空の真上に輝く太陽に目を細めつつも、早く広場から離れたかった。だが、不審な動きをしては、かえって目立ってしまう。ゆっくりと広場の群衆から離れ、店が立ち並ぶレンガ(みち)へと足を向ける。
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