執着魔法使いの美味しい求愛
 ドタドタと上から聞こえる激しい物音で、ティルサは瞼を開けた。
 今、何時だろうか。もしや、荷物の移動の準備が整ったのだろうか。これから、荷車に荷物のように乗せられて、隣国まで連れていかれてしまうのだろうか。
 扉を開けた光が思わず眩しく、開けた瞼を再び閉じた。
「ティルサ」
 聞きたかった声に名を呼ばれ、ティルサは視線を巡らせる。明るい光を背に立っているのは、会いたいと思っていたルトヘルだ。
(ルトヘル)
 名前を呼びたいのに、口を封じられているためそれすら叶わない。
 ルトヘルはすぐさまティルサに駆け寄り、彼女を拘束していたロープを解き始める。
「よかった……。君が、フレーテンの屋敷に戻っていないと聞いて。気が気じゃなかった」
「ルトヘル……。ごめんなさい。私……」
「話はあとで聞くよ。それよりも今はここから出よう。あ、手首が赤くなっている」
 ルトヘルはロープで擦れて赤くなったティルサの手首に優しく触れる。すると、先ほどまでひりひりとしていた痛みが消え去った。
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