執着魔法使いの美味しい求愛
「怖かっただろう? 遅くなってすまなかった」
 ティルサは唇を噛みしめて、首を横に振った。
 今、何かを言葉にしたら、涙は溢れてしまう。ティルサはルトヘルの背に手を回し、彼の胸元に顔を埋める。
 ルトヘルも黙ってティルサを抱きしめていた。
 カタン、カタッ――。
 馬車が止まった。
 ルトヘルは有無を言わさずティルサを抱き上げると、馬車を降りて屋敷の中へとさっさと戻る。
「ティルサ」
 エントランスでノーラに声をかけられるものの、ティルサは恥ずかしくてルトヘルの胸に顔を埋めたままだ。
「母さん。ティルサが落ち着くまで、少し待っていてもらえますかね?」
 ルトヘルの言葉に「そうね」とノーラが返したことで、ティルサは胸が痛んだ。
 シラーニ家の人たちは皆、ティルサを気遣ってくれている。ルトヘルだけでなくノーラも、オスクも。魔法の使えないティルサをシラーニ家の一員として受け入れてくれているのだ。
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