執着魔法使いの美味しい求愛
 いつの間にか、ティルサの手をぎっちりと握りしめているルトヘルが尋ねた。
「近いから歩くわ。歩きたい気分なの」
 少しでも歩きたいというのは、彼女の本音だった。だが、できれば隣にルトヘルのいないことのほうが望ましい。
 すれ違う人たちが、こちらに視線を向けてくるのは、彼女の隣に立っている男性がルトヘルだからだ。漆黒の長い髪、切れ長の目、そして形の良い唇。そして、彼の纏う雰囲気。魔法公爵家の嫡男という肩書がなくても、彼の見目の全てが、人を惹きつける要因となっている。
 そんな彼の隣にいるティルサは、いたって平凡な女性。これといって目立った特徴は無い。むしろ、フレーテン商会長の娘という肩書が彼女を有名にしているだけで、その肩書がなければ、いたって普通の女性なのだ。
 それに、最近になって悩んでいることもある。
 一年前、貴族の仲間入りをしたイリスの影響で、少しだけ遅いデビュタントを迎えたティルサであるが、そのときはまだ良かった。真っ白いドレスを翻しながら、イリスやルトヘルと踊ったことは、ティルサにとってもいい思い出となった。
 しかし、そのときに一緒にあつらえた若草色のドレスが、今は着ることができないのだ。コルセットも、あのときよりも大きいサイズを身に着ける必要がある。
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