執着魔法使いの美味しい求愛
 ルトヘルは求婚してくれた。彼の両親もティルサを認めてくれた。だが、彼は魔法貴族という由緒ある血筋の人たちに囲まれているし、ルトヘル自身も選ばれた人間である。
 では、ティルサはどうか。フレーテン商会長の娘。ただ、それだけだ。フレーテン商会で最も力をもっているのは商会長のイリスであり、ティルサはフレーテン商会が経営している魔宝石店で働いているだけに過ぎない。少しは責任ある立場にあるが、それでも店長というわけでもない。
 ぐるぐるとさまざまなことを頭の中で考えていたティルサは、毛布で全身を覆った。あの時のことが瞼の裏に浮かび上がってきては、眠気を奪っていく。だから、眠れない。
 そんな日が五日も続けば、ティルサは起きられなくなってしまう。
 太陽があがり、カーテンの隙間から差し込む光を目にしても、頭はぼんやりとしたままだ。
「ミルテ。ごめんなさい。今日は、お店を休むと伝えてもらっていいかしら」
「お嬢様、具合が悪いのですか? 顔色も優れません」
「えぇ。ちょっとこのごろ、よく眠れなくて……」
「でしたら、心が落ち着くようなお茶をお持ちいたしますね。お食事はどうされますか?」
 ミルテが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるため、ティルサは少しだけ食事を取り、急ぎの書類にだけ目を通したら、ソファで転寝を始めた。

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