執着魔法使いの美味しい求愛
 ここは屋敷のエントランス。他の使用人たちも忙しなく動いている。だが彼らは優秀なのか、見て見ぬふりをしている。
「え、と。ルトヘル。みんなが見てるから……」
 その言葉が彼にとって効果がないことなど、ティルサは重々わかっていた。だけど、何か言わなければ、ずっとルトヘルはここでティルサを抱き締めたままだろう。
「そんなこと、気にしなくていいのに。オレたちの仲がいいことは、家にとってもいいことなんだから」
 やはり効果はなかった。
 彼は鼻先をティルサの首元に近づけては、くんくんと犬のように匂いを嗅いでくる。
「ティルサ。いい匂いがする。あんな臭いところで仕事をしていたオレを褒めてほしい」
 ティルサはルトヘルがどのような環境で仕事をしているかわからないし、彼の仕事の内容もよくわからない。
 ティルサが知っているのは、彼が国に仕えている魔法使いということだけだ。
(私……。ルトヘルのこと、何も知らないかも……)
 ただえでさえ容姿にも自信が持てずにいたのに、彼のことを知らない事実を突きつけられ、より一層落ち込んでしまう。
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