高嶺のパイロットは、秘密の双子とママを愛で倒す~地味な私が本命だなんてホントですか?~
零 嵐の夜に
零 嵐の夜に

「この年齢でキスすら経験ないって……やっぱり変ですよね?」

 シートベルトを外そうとしていた彼の手がはたと止まる。それから彼――永瀬黎治(ながせれいじ)は美しい双眸を助手席に座る池田琴音(いけだことね)に向けた。その瞬間、琴音はハッと我に返る。

(あぁ、私ってば。永瀬コーパイを相手に、なにを言ってるんだろう……)

 駆け込みでやってきた、秋の終わりの台風十五号。その影響で、現在の東京の天候は大荒れ。ふたりの乗っている車のフロントガラスにもバケツをひっくり返したような雨が叩きつけている。

(この暴風雨の音にかき消されて聞こえていなかった……と信じたいけど)

 ばっちり聞こえてしまっていたことは、彼の表情を見ればわかる。琴音はわざと軽い調子で言葉を紡ぐ。

「まずいって自覚はあるので、どうぞ笑ってやってください」

 だけど、彼はクスリともせずに真面目な顔を琴音に向ける。

「そんなふうに自分を卑下するのは感心しないな。つまらない女になるぞ。せっかく君は魅力的なのに」 

 カチャリ。彼がベルトを外した音が聞こえた次の瞬間、長い指がクイと琴音の丸い顎を持ちあげる。想像以上に近づいていた黎治の美しい顔面に、琴音は思わず息をのむ。

 頬から顎にかけてのシャープなライン、高く美しい鼻筋、野性味と甘さを兼ね備えた切れ長の目元。腕のいい彫刻家の作品のような、完璧な顔貌だ。

(なんて、綺麗なんだろう)

 顔だけでなく、百八十センチの長身でスタイルも抜群。おまけに職業は、頭脳も身体能力も必要とされる旅客機のパイロット。業界内では『コーパイ』と呼ばれる副操縦士だ。めったにお目にかかれない、ハイスペ男性といえるだろう。
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