ズルくて甘い包囲網~高嶺のパイロットはママと双子を愛で倒したい~
 声を揃えて答えながら、自分たちで保育園が設置してくれているベビーカー置き場のほうに駆けていく。

 三人で暮らす古いマンションはここから電車で十分ほど。子連れ出勤はものすごく大変なので、できるかぎり職場に近い物件を選んだ。この辺りは、二十三区内にしては家賃が安めなところも魅力だった。

 ベビーカーを押して歩き出すと、反対側から背の高い男性がこちらに向かってくるのが見えた。

(お迎えのパパかな?)

 共働きの時代なので、パパが送迎している風景はもう全然珍しくもない。だが、近づいてくる人物の顔を認識した瞬間、琴音はぐるんと勢いよくベビーカーごとUターンする。

「ママ? ほいくえん、かえるの?」
「わすれもの~?」
「え、えっと、そういうわけではないんだけどね」

(なんで黎治さんが保育園に? もしかして彼も子どもがいるの? それとも、まさか私に……)

 頭に浮かんだ最悪の想像は正解だったらしい。黎治はスタスタと琴音の背後に近づいてきて、そのまま琴音の前に回った。

「顔を見て逃げるとは、ずいぶんな仕打ちだな」
「れい、じ……さん。どうして?」

 横並びでベビーカーに乗る蓮と凜を見て、彼は優しく目を細める。

「かわいいな。この子たちは……君の子か?」
「あ……」
「整備士をやめて実家に帰ると言っていた君が、どうして今もここにいるんだ?」

 穏やかだけど、すごみのある口調。子どもたちに向けたのはまったく異なる、鋭い視線が琴音を射貫く。

「この子たちの父親は?」

 彼の瞳はまるですべてを見透かしているようで……琴音は身じろぎひとつできなかった。

 記憶が急速に巻き戻っていく、彼に恋をしていた三年前に――。
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